再会は最悪。

 

 

「真昼間っからこんな所で昼寝だなんて、アンタよっぽど暇なんだね」

突然頭上から降ってきた声に動揺を見せることもなく、アッシュは声の主の姿を確認する。声から誰なのか判っていたが、本当に本人だという確証がなかったのだ。しかしそこには思っていた通りの人物——数ヶ月前に最年少で教団の最高指導者になった少年の姿。何故か、必ず傍についていなければならないはずの導師守護役の姿は無い。

「…………導師イオン?」

この場所は導師なんていう高い地位の人間が来るような場所ではないし、アッシュしか知らないハズのお昼寝スポット。しかも目の前にいる人物は容姿も服装もまるまる導師イオンなのだが、なんだか言葉遣いがいつもと違っている。いつもと言ってもアッシュは導師と直接話しができるほどの地位があるわけではないから無論、遠目に見たり伝え聞いたりした彼の姿と比較してという事になるが。

ちなみに彼がこれまで目撃した導師イオンは、誰に対してもですます丁寧口調で対応する上に物腰が柔らかく、争いを好まない温厚な人物。決して面と向かって皮肉を投げかけて来たり、偉そうに物を言ってくるようなイヤミさんでは無かった。

故に疑問系。

そういえばダアトにやって来てから世話をしてくれている人物が、世の中には自分にそっくりな人間が3人位はいるそうですよと言っていたから、もしかすると実は導師は双子とか三つ子でしたとかいうオチがあったりするのか? んで、いま俺の前にいるのは導師イオンの兄弟だったりするとか?

普段とのあまりの違いにそんな事を思ったのは秘密。

「ま、サボり場所としてココを選ぶセンスは認めてあげなくも無いけど」

しかし肝心の導師様はアッシュの呟きなどものともせず、自分の言いたいことだけ口になさった。まさにゴーイングマイウェイ。地位の高い人間ならではのワンマンショー状態。しかしながらアッシュはこんな人物の対応には不覚ながらも慣れていたので——昔の知り合いにこんなタイプの人間が何人かいたのだ——答えが返って来るのは諦めた。性格違ってようがもうコイツ導師でいーじゃん。まさか教団の本部があるこのダアトで導師のコスプレするよーな酔狂なヤツがいるわけねーし。

「——……って、俺はサボってる訳じゃヌェーッ! 今日はれっきとした休みだっつーの!」

「あ、そうなの? ソレハワルカッタネ」
「……思いっきり棒読みで謝られてもな。誠意が感じられねーよ」
「けどアンタが真面目に教団の仕事してる様子なんてサッパリ想像つかないのもしょうがないって思わない?」
「今日初めて会話した人間にンなコト言われたくねー。……つーか、俺って初見でサボリ癖がある人間に見えるのかよ?!」

これでも小さい頃から——といってもダアトに来たのは3年前。精神年齢7歳・肉体年齢10歳の時だった——「小さいのに仕事がちゃんとできるなんてお利口さんだ」と近所でも評判で真面目な仕事っぷりが密かにアッシュの自慢なのだ。もちろん彼に宛がわれたのは年齢に見合う仕事ばかりだったが。

最近では本格的に教団に入団して、俺だってしっかりと正規任務をこなせるようになったんだぞーという自負も生まれてきているというのに、そんな矢先に最高指導者からダメ出し。しかも真面目そうに見えないとまで断言された。

「アンタがヴァンにイヤガラセやらイタズラをしては、リグレットにこっぴどくしかられてるっていうのは有名だからね。てっきり普段の生活態度もそんなものかなと思ってただけだよ」
「有名って」
「アンタがリグレットに髪を引きずられてる光景は微笑ましいから温かい目で見守ろう。なんて暗黙の了解があったりするんだけど知らない?」
「……げ、やばいっ。ヴァン師匠に目立つなって言われてんのにっ」

そりゃまぁ、リグレットと決死のかくれんぼを慣行、そのたびに発見・連行された上で叱られまくっているのは自覚していたが、まさかそんな事になっていようとは当のアッシュは思ってもみなかった。が、よくよく思い返してみれば普通に人気の多い大聖堂などで確保される回数が一番多かった。

「……あれ? けどその割にはヴァン師匠に怒られたことねーな……?」

そういえばヴァンは「目立つな」と厳命した割に、アッシュの行動を制限するようなそぶりを見せないのだが何故だろうか。いくら首を捻ってみても理由がわからない。厳格な彼の性格から考えれば命令を破った自分を罰することはあっても許容する事は無さそうなもの。ましてやアッシュはヴァンの隠し玉と言っても過言ではなく、時が来るまでその存在を公にすべきでない存在なのだ。

まさかヴァンに、イタズラという形で反抗心をあらわにするアッシュに対して信念を揺るがしかねない程の親心が芽生えてしまったからなどとアッシュには判るはずも無い。何せ『前回』ヴァンは、本心はどうであれ表面的には最後までアッシュの事を認めようとはしなかった。そのため「ヴァンは自分の事をレプリカとしてしか見ない」との先入観が固定化しているアッシュにそれを悟ることができないのは当たり前の事。よって師匠の愛情は弟子に伝わる事無くすれ違う事になるのだった。

「ここまできて師匠……かい? 念入りに刷り込まれたとしか思えないくらいの懐きっぷりだね」
「べっ、別に師匠にべったりって訳じゃ……『ここまできて』?」
「そうだろ? あれだけ手酷い裏切りを受けた上に、その後も駒としてしか見てくれなかった人間を未だに師匠なんて呼んで慕ってる。僕には理解できない心理だよ」

「——お前、一体何を知ってるんだ?」

途端に鋭い目つきになるアッシュ。
預言では事象を知る事はできるが心理的なものまでは読み取れない。しかし今イオンが告げた中には、実際にその様子を見ていなければわからない事まで含まれていた。例え詳細な預言が詠める導師といえども知るはずの無い事実。それが意味するところは——

「シンクって名乗ったほうが良かったかい。ルーク・フォン・ファブレだったレプリカルーク?」

あ、今はアッシュだっけ? ややこしい事この上ないけれど。なんていう軽い呟きはアッシュの耳には入ってはこなかった。シンク? シンクっていったら『あの』シンク? まさかそんな。同じ疑問がループする。アッシュがレプリカだと知っているのはヴァンから聞いたと考えれば否定材料にはなる。けれど、イオンがアッシュをルーク・フォン・ファブレと呼んだのは決定的だった。何せこの世界で彼が被験者と入れ替わった事実は無いし、一度誘拐騒ぎが起きたお蔭で現在ルークの周りの警備は万全だ。この先アッシュとルークが入れ替わる隙など無いに等しい。だから彼の言っていることは事実なのだろう。つまりは目の前に居る導師イオン=シンクということで……

「——ちょ、待てっ。シンクが生まれたのって少なくとも3年は先のはずだろ!? しかもなんで導師イオンの格好してんだよ!?」
「そんな事は僕の知ったことじゃないね。いくら矛盾やら何やらを突っついたって事実は変わらないんだからあるがままを素直に受け入れなよ。……でなきゃキミの被験者みたいにストレスで生え際が後退しちゃうよ?」
「俺は禿げぬぇーっ!! てか、アイツの生え際が後退してるのはストレスじゃなくて主にあの髪型のせいだろっ!!」
「アハハ、後退してるのは認めるんだねー。けど、ストレスもだいぶ影響してると思うけど。あと家系とか」
「こっ、怖いこと言うなよッ! それにアイツが聞いたらぜってーキレるって!!」

「——で、話は戻るけど。いま僕が導師イオンなんだ。だからこの格好をしてるのが当たり前なのさ」
「????」
「あんまり深く考えない方がいいって。相変わらず頭使ってなさそうだから、知恵熱だして倒れられても面倒だし。……主に僕が」

——そんなわけで。

『再会』の第一印象は『さいあく』でした。そりゃ、元敵だもんなぁ……。

なんて一文がアッシュの日記に綴られたのだった。

 

 

再会は最悪

 

 

「あ、シン……じゃなかった。イオン! ……様」

今日も今日とていつものお昼寝スポットで一休みしていたアッシュは、見慣れた人物たちがこちらに向かってきているのを見つけて声をかけた。が、声をかけられた方の人物の片割れが一瞬だけ目を見開くと「うわぁ」と気持ち悪いものでも見たような顔になって……

「いつものことだけどナニ畏まってんの、アッシュ。気持ち悪いからやめてくれないかって何年言い続けてると思ってんのさ?」
「……かれこれ2年だろ。けどな、俺はお前みたいにパッと自分を切り替えられるほど器用じゃないんだっつーの! 大体、他の誰かに聞かれてたらどーするんだよ」
「……アリエッタもいる、です」

イオンから一歩離れて控えていたアリエッタがぷくぅっと頬を膨らませる。心なしか彼女に寄り添っているライガが「テメェこら何ウチの妹を無視しやがってんだ、あぁ?」とガンを飛ばしてきている気がして、ちょっぴり顔が引きつる。アリエッタの手前か、彼は本来人を食する猛獣でありながら自発的に人を襲うことはしない。ただ、アリエッタの表情を曇らせる者は容赦なく威嚇するのだ。

「……あー、悪かったって。でも忘れてたわけじゃないんだぞ?」
「それなら……いいです」

アリエッタの表情が和らいだ瞬間ライガの威嚇も止まる。だがしかし彼(?)の目が「チッ、命拾いしたな赤毛」と語っているような気がしてアッシュは戦慄する。間違いない、奴は俺を始末する機会を虎視眈々と狙ってる! ていうかお前、シスコンなら俺よりももっと警戒すべき相手が他にいるはずだろ!? しかし「警戒すべき相手」が目の前にいるので口にも出せず、かといって地団駄踏みたくてもコレは表に出せない心理戦なのでそうすることもできず。

「アッシュ、今日はサボリかい?」
「うるせーっ。今日はサボリだよ悪かったなコンチクショーっ」

今日も今日とて涙をのむしかないアッシュだった。

「あ、そうそう。一応報告しておくけど……——例のモノは抜かりなく」
「——そか。お前がこっちについてくれたお蔭で戦略の幅が広がって助かるよ」

俺、譜術とかってサッパリだし一人だと正直行き詰ってたしさー。

困ったもんだよなと呟くアッシュ。未来とも言える場所で六神将だった被験者はいくつかの譜術を扱うことができていたが、力の劣化しやすいレプリカであるためかアッシュは譜術を扱うことができなかった。ただ、彼にはローレライの加護かそれとも時を超えた事で変異でも起こしたのか……原因が判らないものの、特異な能力が発現していた。別にその能力の行使には代償を必要とするわけでも、多大な負担を強いられる訳でもないので使おうと思えば軽い気持ちで使用できるものではあるのだが、現在の目的に使うには大きすぎる力。

それはともかく今のアッシュは別の事で頭がいっぱいだった。その顔はまさしく夢見る少年。

「これであと譜業なんかが加わればもっと面白くなるんだろーなぁ」
「言っとくけど、ディストの奴がダアトに来るのはもう少し先の話だよ」
「じゃ、ガイをこっちに引きずり込むとかさ。あいつならうってつけの音機関見繕ってくれそーだし」
「……いい加減、親離れしたらどうなんだいアッシュ?」

「? アッシュのおとうさんは総長じゃない……ですか?」
「んー、前はそんな事思ったこともあったけどなぁ。今はどっちかというと標的って感じだな」

ヴァンが某ガルディオス家の長男並みに親馬鹿なのはもはやダアトでは有名だった。しかし、アッシュが任務をこなす度にヴァンが彼のことを周りの人間に自慢しまくっている事を本人だけは知らなかったりする。原因としてはヴァンがアッシュの前ではあくまで厳格な師を装っているからなのだが、ヴァンは気付いていないようだった。見事に空回りしている。

「……なんだか総長が少し、可哀想」
「アリエッタは優しいね。けどあんな髭に心を砕くくらいなら、もう少し僕に構って欲しいな」
「イオン様……」
「アリエッタ……」

見つめ合う二人。ひしぃっと抱き付き合うまで秒読み状態。さりげなくイオンがアリエッタの肩に手を回していたりする。

「〜〜〜〜っ。だあぁっ、もーっ、お前らがラブラブなのは判ってるから! けどそういうのは俺のいないとこでやってくれっての! 見せ付けられてる方はむずがゆくってたまったもんじゃねーんだぞ!!」

あまりのむずがゆさにわしゃわしゃと頭をかきまくって地団駄を踏むアッシュに、イオンはアリエッタを抱き寄せるとフフンと勝ち誇った笑みを浮かべて言った。

「悔しいならサッサとヴァンの妹とよりを戻したら?」
「うっ、うるせーっ! つーかこっちじゃまだ知り合ってもいねーよ!!」
「それはどうかな。案外、あいつらも戻ってきてるかもしれないよ」

当たって砕ける覚悟で会いに行ったら? なんてイオンは応援しているのかしていないのか判断の難しいエールを送る。実のところ彼自身にはアリエッタという想い人が傍にいるから、他人の恋路なんてどうでも良かった。単に自分たちの仲を見せ付けたいだけなのだ。

「戻ってなかったらどーすんだよ! 俺、ストーカーみたいじゃんかっ!」
「ま、それ以前にユリアシティに行くまでが一苦労だろうけど」

「……そういやイオン。確かもうそろそろ預言で詠まれてた時期だろ? 病気で亡くなったって聞いたんだけど、体の調子はどうなんだ?」

「あえて挙げるなら、これといっておかしい所が無いっていうのが異常な点かな」
「……『前』はどうだったんだ?」
「この時期にはもうベッドの上だった筈さ。確か……レプリカ情報を抜かれて一月経ってた頃だから間違いない」

そう断言する今のイオンは健康体そのもので、とても病死すると預言に詠まれた人間には見えない。

「……なぁ、イオンって本当に病気で亡くなったのか?」

アッシュがそんな疑問を抱くのも無理はなく……

「今思えば疑わしい点ばかりだね。もしかすると預言を成就させたい一心か……それとも僕のことが邪魔だと思って突っ走った馬鹿がいたのかもしれない。例えばどこぞのキツネ目大詠師とか」

「……暗殺、か? つーか大詠師つったら一人しかいないから実名伏せても意味ないだろ」
「あんなの名前で呼ぶ価値も無いから良いんだよ。それにアレってどちらかと言えば毒殺なんじゃない? 直接手を下された訳じゃないからね」

「『前』のアリエッタはイオン様を守れなかった……ですか」

イオン命のアリエッタが目に見えて落ち込んでいた。彼を慕っているのはもちろん、導師守護役として最も身近な場所にいながら彼を護れなかったばかりか害意を持つ者の存在にも気づけなかったというのだ。今にも泣きそうな彼女に、寄り添っていたライガがキュウンと不安げな声をもらす。

「そんな事はないよ。君は最後まで僕の支えになってくれていたんだから」
「イオン様…」
「アリエッタ…」
「だぁぁッ! だからそれはもういいっての!!」

「あ、そうだアッシュ。思いついた事があるんだ。耳貸して」

ごにょごにょと自らの考えた『計画』を耳打ちするイオン。その内容がよほど驚愕するものだったのかアッシュの目が見開かれる。

「——……なんだけど…できるかい?」
「それ、マジか? いや、できない事もねーと思う、けど……そういう事はあんまやったことねーから精度とか不安があるぞ?」
「誰もぶっつけ本番でやれとは言ってないよ。『今回』は相手にどういう意図があるのか判らないけど『前』のように一服盛られていない以上、直接手を出してくる可能性が高いと思うんだよね」
「これから盛られる可能性は?」
「無いとは言い切れないけど、その時は素直に君の世話になってやるさ。解毒は第七音譜術士の専売特許だろ?」
「んで毒殺が無理なら直接……って流れに無理やり持ってく訳か。……つーか、お前だって第七音譜術士じゃねーかよ」

ジト目で睨むアッシュに、全く堪える事無くイオンは肩をすくめると「僕は預言と攻撃特化なんだよ」と呟いた。その言葉はみょうにすとんと胸に降りてきて「あぁ、そうだなぁ。コイツに治癒譜術かけられる想像したら、なんかジェイドに薬を処方された時と同じ悪寒がするもんなぁ」なんてアッシュは思ってしまった。本当に顔のつくりとか笑顔は『あのイオン』と同じだし、普段の導師をしている時のしぐさや話し方なんて正に『あのイオン』なのに、なんでここまで腹の色が違うのか。

「けど俺だって、超振動しか使えねーんだけど」
「新たに授かったっていう特殊能力を使えばバッチリだろ? こういう時に使わないでいつ使うってのさ。案外『彼ら』、キミからお呼びがかかるのを待ってるんじゃない?」
「なんかいいように使われてる気がするけど……ま、良いか」
「なら決まりだね。本番までには時間的にも猶予がありそうだし、せいぜい練習しといてよ」
「お前、本気で性格悪いよなー」
「何言ってんの。単なる子供の他愛もないイタズラだろ、コレは」
「いやー、イタズラにしてはシャレでは済まないレベルっつーか……」
「たったこれだけの事で預言を僅かでも覆せる上に、あの勘違いしまくった髭とキツネ目に一泡吹かせてやれるかと思えば上々じゃないのさ」
「……思いっきり私怨入りまくりじゃねーかよ」

「……アリエッタの入れない世界、です。……アッシュうらやましい」

「けど、本当にいいのか?」
「構いやしないよ。ちょうど導師職にも飽き飽きしていた所だし」

こんな面倒な仕事はとっとと良い子のイオンに押し付けて、アリエッタとほのぼの生活を満喫したいしねー。なんて軽口まで飛び出てきた。生きる目標ができると人はここまで強かになれるのかと半ば諦めの境地でイオンを眺めるアッシュだった。誰もこいつがあの「僕は空っぽなのさ」とか「使い道のあるやつだけがお情けで息をしていられるのさ」なんて言ってばかりの厭世主義者だったシンクだとは夢にも思うまい。……多分に被験者の影響もありそうだが。

「イオン様は導師をやめちゃうですか?」
「うん。けどアリエッタの同僚になるから今よりももっと一緒にいられると思うよ」
「ほんとうに?」

「……だから、そういう事は! ………いや、もう言うだけ無駄だよなー……」

見つめ合う導師と導師守護役を前にアッシュはただ溜息をつくしかなかったのだった。

二人の企みが明るみになるまでまであと2年と少し——