目指す方向は…。

 

「あんまあの二人に負担掛けたくねーんだけどなぁ……」

現在の技術では再現できない、幻想的な部屋へ彼らが足を踏み入れた直後に聞こえてきたのはそんな言葉だった。
声の主は背を向けているのと考え事に夢中だからなのか、こちらに気付くそぶりは全く無い。だが、その姿は記憶していたものとは少々異なっていた。腰まであった夕焼け色の髪はバッサリと切られ、毛先は襟元でひよこの尻尾のようにピンと突っ立っている。以前は髪に隠れて見えなかった服の背には二本のツノをもったマスコットが見え、どことなく幼くなった印象を受けた。
そして、久しく会うことのなかったその人物——ルーク——をみとめた瞬間。自称親友であるガイが感極まって華麗な神速ダッシュを披露しそうになったが、前触れも無く巨大化した人形——トクナガに取り押さえられ潰された。

(アニース、ナイスですv)
(えへへ、それほどでもないですよぉ〜v)

そんなアイコンタクトが交わされたかどうかはともかく、ジェイドとアニスは互いに親指を突っ立てた。その様子にガイと同じくルークに声をかけようとしたナタリアは固まり、ティアは呆れた。イオンはアニスの所業に慣れているからか、いつもの微笑を絶やさず見守るのみ。三者に共通することといえば決してトクナガのいる方へと視線を向けないことだろう。憐れガイ。

ジェイドは後に語る。目の前の確実に何かを知っていそうな重要参考人がうっかり重要証言をしてくれるかもしれないというのに、好機をつぶされてはたまりませんでしたからガイにはおとなしくなってもらいましたvと。

背後でそんな光景が繰り広げられているのにも気付かず、ルークの独り言は続く。

「……だいたい、一人でセフィロトに来てユリア式封咒解いても、肝心の制御盤を起動できなきゃ俺にできる事って無いじゃんかよー」

制御盤を起動するという言葉に緊張が走る。彼にはアクゼリュスの崩落という前科があり、今は何を目的に動いているのかがサッパリ掴めないときている。ヴァンとの繋がりが不明であることも手伝って悪い推測しか浮かんでこないのだ。

「ご主人様っ、ボクにはよくわからないですけど元気出すですのっ」

健気に主人を気遣うミュウへ、ああ、わかってるよミュウ。と優しげに答える姿に、ジェイドたちは本気で彼は本当に自分たちの知るルークなのかと頭を捻りたくなった。彼らの知っているルークならこんな時、うるせーとか言いつつミュウをグリグリと踏みつけるか蹴り飛ばすか、どちらにしろ無体な扱いをするのが常だったからだ。

「……やっぱり、みんなと合流しないことにはどーにもなんねーのかな」
「ご主人様、ティアさんたちといっしょに旅したいですの?」
「まぁ、な。……ってなんでティアの名前出すんだ、こんのブタザルッ!」
「みゅみゅっ。ご主人様照れてるですの〜♪
でもミュウは知ってますの。ご主人様はとっても優しい目でティアさんのことを見てたですのー」

優しい目で見るのはとっても大好きでメロメロだからですの!
だからご主人様はティアさんが大好きでメロメロなんですのー! ですのー! のー!

ミュウの高い声が部屋の中に響き渡る。
ぼひゅ。と、音が出そうな勢いで体温が上がったのをルークは自覚した。ついでに頭に血が上って、今にも気が遠くなりそうなくらいのぼせた。図星だったから余計に。
ちなみにもう片方の当事者であるティアも少しばかり顔を赤くしていたので、現状で脈なしというわけではなさそうだ。アクゼリュスの一件から考えればそれだけでも驚愕の事実ではあるが、きっとユリアシティでの抱きつきが尾を引いているのだろう。ナタリアは「まぁ、そうだったんですの?」と口に手を当て目を見開き、ジェイドは「おやまぁ青春ですねぇ」と生暖かいコメントを残し、アニスは「はぁ!? アイツあんな事しでかした直後なのに何すっとぼけた事言ってんの!?」と憤慨。イオンは「まぁまぁ、アニス。落ち着いてください。ルークにだって人を想う権利はあるのですから」と宥める。ガイは未だトクナガの下敷きであるが「ルぅークぅ〜、お前もついに恋をするような年にぃぃー」と、感激しているのか悲嘆に暮れているのか判別の難しい呻き声をあげていた。

そんな事など露知らず、遠くなりかけた意識を気力を総動員して保ちつつルークは叫んだ。

「——どいつだッ!! てめーにンな余計な知識教えたのはッ!? ジェイドか!? それともアニスか!?」

この仔チーグルに余計な知識を与えそうなのはあの二人くらいしかいない。しかも大概の場合、面白半分だからタチが悪い。自らも被害にあったことがあるからよくわかる。もし次に会う事があったら文句つけてやる! ルークは心に誓った。

背後ではジェイドとアニスが心外だとでも言いたげにしていたのだが、ルークもミュウも気付かない。

——しかし出された答えはというと、予想外にも意外な人物だった。

「ガイさんですのっ」

こけっ。

がぁぁーーーいぃぃーーー。おまっ、コイツに何吹き込んでんだっ!?

ちなみにルークがティアへの気持ちを自覚したのは少なくとも髪を切った後の事だったから、ミュウが目撃したというのはルークが《戻ってきた時》からユリアシティを出るまでの短い間ということになる。その間ミュウとガイが話す時間なんて無かったから、ソレを教わったのは少なくともガイとミュウが出会ってからアクゼリュスが崩落するまでの間。一体どんな状況でそんな知識の伝達が行われたのか、むしろ誰が誰を《大好きでメロメロな視線》で見つめていたのか……考えてみたらちょっと怖い想像になったのでシャットアウト。むしろ記憶から抹消する事にしたのだった。

 

 

目指す方向は…

 

 

先程は怖い想像をしてしまったのだが、よくよく考えればアッシュがナタリアを見つめてたという選択肢もあるよなぁという考えに至り、幾分か落ち着いた。最初に誰を想像したのかは聞かないでほしい。でもって頼むから最初の想像は外れていてくれとルークは切に願う。

そして横道にそれた思考を無理やり戻す。
記憶通りに物事が運んでいるならば、セントビナーに崩落の危険があることはアッシュ経由でジェイドたちも知ることになるだろうし、マルクトでも異常を確認しているだろうから住民の避難に関しては心配する必要はない……と思う。……一つ懸念事項があるが。

「そういやアッシュのヤツがみんなと一緒に行動してなかったら。最悪セントビナーだけじゃなくてケセドニアまで沈んじまうかもなぁ」
「みゅっ、セントビナーとケセドニアのみなさんのお家無くなっちゃうですの!?」

ルークの独り言を、聞きとがめたミュウが困惑の声を上げる。

「そうと決まったワケじゃねーよ。セフィロトを操作すれば崩落を少しは遅らせられるし、なんとか沈ませないことはできるんだ」

よかったですのっ。と、まるで自分の事のように喜ぶミュウに「ただなぁ…」とルークは暗い表情で続ける。

「ティアがいれば制御盤は起動できるけど、普通の操作は受け付けねーんだ。しかも、今の所は俺かアッシュの超振動で操作するくらいしか思い浮かばないんだよなぁ」
「みゅぅ〜。今はティアさんいないですの……」

ジェイドなら他にいい方法思いつけるかもしれねーけど。
頭の片隅にそんな考えが浮かんだが、時間が無いのは前回と同じだからやっぱりこの方法しか使えないかもしれない。

「んでアッシュがどうしてるか確認したいけど、同調フォンスロットは閉じちまったから連絡取れねーし。ま、それ以前に俺からは繋げられねぇんだけど」

あぁ、でも例え繋げられたとしてもまともに取り合ってくれないよなきっと。
ルークはユリアシティで上の空ながらもアッシュに圧勝してしまった事を思い出す。貴族という出自のためかアッシュはプライドが高い。これまでレプリカだの劣化野郎だの、果ては屑とまで呼んで蔑んでいた人間に圧倒的な実力差でもって返り討ちにされたのだ。好感度なんてガタ落ちしているに違いない。

ちなみに同調フォンスロットを閉じたのは、アッシュにこちらの動きを察知されないようにする為。部外者を通すことなく連絡が取り合えるという点が便利そうに思われるのだが、実際はアッシュからの一方通行で、こちらからは連絡できず意外と不便なのだ。こちらからは何もできないのに、あちらはこちらの様子を見放題。しかも頭痛のおまけ付きときている。とても不公平な上に理不尽でなんか癪に障る。

むぅー、とうなり始めるルーク。
これ以上は堂々巡りで有力な情報は無いと判断したジェイドが気配を消してその背後に立つ。そして——

「ほうほう。それは気になる話を聞いてしまいましたねーv」

「ジェっ、ジェイド!? それにみんな!?」

なんでここに!?

あまりの驚きに声も出なければ体も動かない。ジェイドを指差しつつ小刻みに震えるルークは全身で「なんでみんながここにいるんだ!?」と叫んでいた。そんなルークに胡散臭い笑顔を張り付かせたジェイドが、人を指差すなんて悪い子ですねぇと言いつつ簡潔に答えを言い放つ。

「セントビナーで元帥から聞きました。なんでも不審者扱いでとっ捕まったそうじゃないですかv」

あっはっは。と爽やかな笑い声が響き渡る。

現在の情勢から考えると、戦争の準備が進むマルクト領内を敵国の王族に連なる者の特徴とも言える赤髪の人間がフラフラしてたら、マルクトの軍人が捕まえようとするのは当然の事だ。ちなみにルークは捕まってから気がついた。前回、捕まらなかったのはマルクトの軍人であるジェイド同行していたからという事に気付いたのは、老マクガヴァンの口利きで釈放された後の事だったりする。その老マクガヴァンにしたって、助けてくれたのは出会った時にジェイドと一緒にいたから気にかけていてくれただけなのだろう。

「……わ、悪かったな。こんな時にこんなところをフラフラしてて」
「自覚があるぶんタチが悪いわ」

ティアのあまりにもハッキリとした物言いにルークは黙り込む。自覚していても他人に指摘されると思いのほか傷つくこともあるのだ。

「ま、それはともかく元帥には感謝する事です」
「……そうだな。戦争が始まったら確実に捕虜扱いだろうし、キムラスカに——バチカルに強制送還なんてされた日には殺されるかもしれねーしなぁ」

何気なく漏らされたルークの呟きをナタリアが聞きとがめた。

「ルーク、それはどういう事ですの!?」

ここで話は遡る。

ユリアシティを出たルークはまずベルケンドへ行き同調フォンスロットを閉じることに成功した。その後ケセドニアに行き、アスターへ自分とナタリアそして仲間たちの生存を伝えて更にそれをバチカルへと伝達するよう頼んだ。自分はともかくナタリアの不在を開戦理由にされるのを防ぐためだったのだが、こうしてマルクト領内で開戦準備が始まっているという事を考えると、握りつぶされたと考えるのが自然だった。

——握りつぶされる理由といえばルークには一つしか心当たりが無い。

「預言があるんだよ。アクゼリュスと一緒に俺が消えることでキムラスカの繁栄が約束されてるとかなんとかっていうヤツ。だから預言通りに進めたい連中からしてみれば俺が生きてるのは都合が悪いだろ?」

だからだよ。と苦笑して、けれども「預言で詠まれてるからって死ぬ気なんてサラサラ無いぜ」と明るく告げるルーク。その言葉から読み取れてしまった事実にナタリアの顔からサッと血の気が引いていく。自分の死が預言に詠まれていると口にした割には他人事のようにそして落ち着き払った様子のルークにジェイドは眉をひそめ、ティアとアニスは驚きの表情で凍りつき、イオンは俯く。ガイはというと未だトクナガの下敷きではあったが、会話自体は聞こえていたようで怒りの気配が辺りに漂う。

一般的にこの世界に生きている人々にとって預言は絶対であり外れることは無いと認識されるもの。だからこそ死の預言というものは詠まれない。詠まれたとしても本人に知らされることは絶対に無いのだ。その理由は簡単、知らされたならば平静でいることができないと判っているから。

「ルーク!! あなたどうしてそんなに落ち着いていられるの!? 預言に詠まれているって……それじゃ……!!」

声を荒げるティアの様子に、こんな俺でも心配してくれてるんだなと胸が温かくなるのを感じ、あぁそんなに悲愴な顔をしなくてもいいんだと伝えたくてルークはまた口を開く。

「預言は可能性の一つであって絶対じゃないし、覆すことはできるんだ。そんなに悲観するもんでもねーよ」

**

「そういや、どうしてみんなはここに? さっき大きな地震があったからてっきりセントビナーの避難を手伝ってるもんだと思ってたけど」

例え老マクガヴァンからルークがここに居るという事を聞いていたとしても、彼らがルークを追いかける理由は無い。そして現状ではこのシュレーの丘に来る理由がない筈なのに、彼らがあえてここに来たのが疑問だったのだ。

「本当は早くシェリダンへ行かなければならないのですが、貴方の保護者さんが貴方の行方を酷く気にしていまして」

「……保護者って……ガイ?」

「ええ、そうです。ガイは口を開けばまず今頃ルークはどこで何をしてるんだろうなぁ…と、とても貴方のことを心配していたんですよ。セントビナーで貴方が不審者扱いで捕まっていたと聞いた時には、それはもう見ていられないほどでした」

ジェイドの話をイオンが補足する。さらに詳しい事情を聞くと、ルークが捕まったと聞いた途端に老マクガヴァンに血走った眼で詰め寄り胸倉をつかんでブンブンと振りまくった挙句「ルークがっルークでっ、ルゥゥーーークゥゥーーーッ!!」と意味のつながらない言語を10分ほど連呼して仲間だけでなく周りの軍人たちを途方に暮れさせたという。ちなみに10分に渡って胸倉を振りまわされた老マクガヴァンはギックリ腰になってしまったそうな。それでも「街のまとめ役が真っ先に逃げ出してどうすると言うんじゃ!!」と他の住民の避難を優先させたために崩落寸前のセントビナーに取り残されてしまった。踏んだり蹴ったりとは正にこの事で、一番の被害者と言っても過言ではない。

「ガイってば、おんなじ顔のアッシュなんて問答無用でマジ斬りしようとしたのにえらい違いだよぉ〜」

ルークなんかよりアッシュのほうが断然人間できてるのに何でぇー? とアニスは皮肉を付け加える事を忘れない。あれから少しは時間が経ったとはいえ、まだ和解には至りそうもない。

一方、マジ斬りって一体どんな状況になればそんなことが起きるんだよ。……と顔を引きつらせるルーク。確かにガイはアッシュに対して冷たく当たることはあったし、数年前までは復讐の機会を淡々と狙っていたのだろうが、現状での二人の仲は問答無用でマジ斬りするほど険悪ではなかったと記憶していたのだが。

「……シンクに操られたのよ」
「もしかして……カースロットか? うわぁ、アッシュのヤツ災難だったなー」

そういえば前回グランコクマに行く途中のテオルの森に行った時、ガイがシンクのカースロットのせいで斬りかかってきたことがあったなぁと思い至った。俺の時はいくらか手加減されてたけど、アッシュにはマジだったんだなーガイ。他人事のように思うルーク。思えばあの出来事があったからこそ、よりガイとの絆も深まったのだ。

だが思い出に浸っているまもなくルークは自分の失言を悟ることになる。

「ルーク。貴方どうしてカースロットのことを知っているんですの?」
「げっ!? あー、その、えと……」
「まぁ、その辺りは後で追求するとして。さっさとあなたの用事を済ませてしまうとしましょうか」

救い出してくれたのは、どう考えても後でシャレにならない要求を突きつけてきそうな死霊使いだった。

「へ?」
「大佐!?」

追求を中断され抗議の声をあげるナタリアを、どこ吹く風と言わんばかりにスルーするジェイド。

「協力する。と、言っているんですよ」
「俺が言うのもなんだけど、ホントにいいのか?」

あまりにも簡単に協力を約束するジェイドにルークは戸惑う。まだ信用を取り戻せるような事は全くしていない上に、胡散臭い行動しか起こしていない。それに、おそらくかつての仲間たちの自分に対する評価は未だに「世間知らずのお坊ちゃん」であろう事は確実。そして数日前にはセフィロトのこともパッセージリングのことも知らずに街一つを崩壊させたばかりだ。そんな人間がいきなりセフィロトの操作がどうとか外殻大地の降下がどうとか言ったって説得力は皆無である。

「大佐ぁーっ、何言ってるんですか! そんな事言って、アクゼリュスみたいなことになったらどーすんですかっ!?」
「それなら心配は要らないでしょう。先程からの言動からして、世界を消そうなどという意図は感じられませんでしたし」

セントビナーの崩落を遅らせることができれば、より確実に取り残された住民を助け出せる。ジェイドにそう言われてしまえばティアやナタリアは賛成せざるを得ない。ガイやイオンは元々ルーク寄りであったからかジェイドに言われるまでも無く協力する気満々だったのは言うまでも無い。アニスが最後まで反対していたものの、結局は折れてくれた。

全面的な協力という訳ではないし未だにわだかまりが残っているようだが、こうして仲間たちと一緒にいるとなんだかみんなで旅をしていた頃のようで嬉しさがこみ上げてくるのをルークは止められなかった。

「みんな、ありがとう!」

思わずそう言ったルークの表情は、戻ってきてから初めての心の底からの笑顔だった。