「あんまあの二人に負担掛けたくね―んだけどなぁ…」
はぁ、とため息一つ。
いつだったか育ての親兼親友が、ため息をついたらその分幸せが逃げると言っていたが今更な気もする。今現在、俺の幸せ残量ってどのくらいなんだろうか? なんて埒もない事を考えては気落ちしてしまう。絶対エンプティに近い状態であるに違いない。根拠はないが。
「…だいたい、一人でセフィロトに来てユリア式封咒解いても、肝心の制御盤を起動できなきゃ俺にできる事って無いじゃんかよー」
一人ではできることに限界がある事は先の旅で嫌と言うほど思い知っていたハズなのに、どうしてすぐに忘却の彼方に追いやってしまうのか。先の事をよく考えておけば判ったはずの事柄であっただけにちょっぴりショックだ。先走りすぎるにも程がある。
ほんっと俺って考えが足りね―。
そうしてもう一つため息。もう幸せ残量とか気にするもんか。
「ご主人様っ、ボクにはよくわからないですけど元気出すですのっ」
ミュウはその小さな体をピョンピョンと弾ませてはげましてくれる。
仲間達と袂を分かってしまった彼の唯一の癒しは水色の小さな聖獣のみだった。
□明日はどっち?□
「えーっと。…何でこんな事になってんだ?」
それはこちらが聞きたい。と、この場にいた全ての人間が声無き声で叫んだのは言うまでも無い。ルークにとっては唐突に認識させられた光景であり、それ以外の人間にとっても予想だにできない流れだったのだ。
なぜかルークの腕の中にいるティアに、その目の前でぶっ倒れているアッシュ。そしてルークを困惑した様子で見ているガイとナタリアとイオンに、険しい視線を向けてくるジェイドとアニス。ただ一匹ミュウだけは「ご主人様強いですの~」と能天気にはしゃいでいた。
アッシュは脳震盪でも起こしたのだろうかその目は閉じられている。苦悶の表情を浮かべているからどこか怪我をしているのかもしれない。よくよく顔を見てみると眉間の皺がいつもの5割増。不快なことでもあったのだろうか? と思い至った時、初めて気がついた。今がどういう状態なのか。自分の置かれている状況は理解していても、内心では混乱したままだったらしい。
よくよく周りを見てみると、いつの間にかユリアシティ。やばい。
タルタロスからここに至るまでの記憶がサッパリと抜けている。聞かなくてもここに至った経過は充分すぎるほど想像できるがそういう訳にもいかず、一応ではあるが聞いてみることにする。
「……なぁ、ティア。もしかしなくても、アッシュをノしたのって俺だったり…?」
問われたティアは少々戸惑いながらもコクンと頷いた。
彼女が言うには、ユリアシティに到着した直後にアッシュが追いついてきてルークに色々いちゃもんをつけてきたらしい。記憶には残っていないが、きっと劣化野郎だの屑だのレプリカだの罵りまくってくれやがったんだろうなとルークは思う。
「でも、あなたったらアッシュが何を言っても上の空で。怒った彼があなたに斬りかかったのよ」
被験者の沸点の低さは相変わらずのようだ。まぁここは過去なのだからしょうがないが、エルドラントで少しだけ認めてもらえた事を思うと切ない。あぁ、アッシュとも最初からやり直しか。
「んで、俺がうっかり勝っちまったと」
「…ええ」
「さて、状況を把握していただいたところで恐縮なのですが。ルーク、いつまでティアを抱きしめているつもりです?」
「へ? あっ、ティアごめん!」
ジェイドの冷静なツッコミでルークはティアを抱きしめていた事を思い出し、慌てて離れる。顔から火が出ているのかと錯覚してしまうくらい熱い。このぶんだと耳までゆでダコ状態になっているのではないだろうか。思わず彼女を抱きしめてしまったのは、もう二度と逢えないからと封じていた感情が再びティアを認識して爆発してしまったのだろう。彼女の去り際の告白は思い切りルークの耳に入っていたから。
だが悲しいかなティアの方はというと、抱きつかれた当初こそ困惑していたが途中からはいつもの無表情に戻っていた。まとう空気も少し刺々しい。それに気付いてしまって胸がちくりと痛んだ。
しかしそんな感傷を吹っ飛ばす叫びが。
「なぁぁッ!? あの厚顔不遜我侭お坊ちゃまが謝ってる!? ていうか、ちゃんと謝れるならなんでアクゼリュスのこと認めないワケ!? 最ッ低!!」
――否。吹っ飛ばされたらその先が崖で、崖下に突き落とされました。
「アニス、いくらなんでもそれは言い過ぎです!!」
放っておけばいつまでもルークを罵倒しかねない勢いで罵るアニスをイオンが宥めている。他人事のようにそれを眺めつつルークは思う。
あぁ、そうだよな俺アクゼリュス崩落させたんだよなしかも思いっきり俺は悪くない俺は悪くないって言っちまったんだよなでもって戻ってきたのがその直後だったしその後ずっと上の空だったから皆こっちの事情なんてしらないんだよなつーかよくよく思い返してみるとこの時俺って言い訳らしい言い訳すらもせずに事実を丸投げした挙句にヴァン師匠が悪いんだーって責任転嫁したんだっけしかもアニスたちからしてみればそのあと反省らしい反省とか後悔らしい後悔すらせずにしかも短時間で普段の態度に戻ってるように見える……そりゃーアニスの怒りも収まらないよなぁそんなとこまで気が回らないなんて本当に俺って劣化野郎だなつーかアッシュの言うとおり脳みそ溶けかけてる? すげぇ嫌だなソレ。でも俺としてはアクゼリュスのこともレムの塔で消してしまったレプリカの皆のことも受け止めつつやれる事をやるってそれが俺なりの償いだって心に誓ったしだからいっそのこと全部話してスッキリしたいんだけど今の俺が何を言っても信じてもらえるとは思えないんだよなぁ……前も思った気ィするけどローレライお前本当にタイミング悪すぎというかもしかしてローレライがとかじゃなくて俺って世界に嫌われてる? もしかして? だから生き延びる度にデッドオアアライブな選択肢ばっか突きつけられてたのか俺? そういや最初はアクゼリュスと心中してたかもしれないんだよなーというか預言スコア通りだったら確実に心中してたんだよなーずいぶん昔な感じがするけどまだ一年も経ってないのかー。
思い出の中のティアとかミュウとかガイとかアニスとかが声を揃えて「卑屈はんたーい」と叫んでいるが、生憎とその程度で直る卑屈根性だったなら、もうちょっと早くアッシュと和解できてた気がしなくもない。
「アクゼリュス……か。ローレライももうちょいタイミング選んでくれりゃ良かったのに……」
ちょっとは人の事情も考慮してくれたっていいじゃないかと呟いて、倒れているアッシュを除いたほぼ全ての人間が怪訝な顔をしているのに気がついた。特にジェイドのただでさえ鋭い視線が、さらに鋭くなっていてルークに突き刺ささってくる。その意図をちょっと乱暴に解釈するならば、テメェ一体なにを知っていて何を企んでやがると言ったところだろうか。ってコレじゃジェイドじゃなくてアッシュじゃん。まぁ、アッシュが起きていたら間違いなく寸分違わないセリフが出てきただろうからきっと問題は無い。
……いや、問題ありありだろ!! つーか俺どっから声に出してた!?
さっきとまるで同じ状況、思い出そうにも思い出せない。老後は遥か先なのに七歳――認めたくは無いが――にして痴呆かよ! 己のお先真っ暗な現状に毒づきたくなる。
「ローレライというとまず思いつくのは第七音素の集合体……よね?」
「ですが……第七音素の集合体はまだ未確認な上に、実在するかどうか怪しいと言われているのではなくて?」
「えぇ、まぁ。ですがルークはその第七音素で造られているレプリカですし、ローレライの力を継ぐと言われている人物の完全同位体でもあるようです。繋がりを完全に否定できる要素がありません。……完全に肯定できる要素もありませんがねぇ」
「旦那ッ!!」
突然、ガイがジェイドへ抗議の声を上げた。
今のセリフに抗議するようなところってあったか? ルークは内心首を傾げたのだがその答えはすぐに明かされた。
「ガーイ。あなたがルークに対して過保護なのは知っていますが、あいにくと私には彼に遣う気など持ち合わせてはいないんですよ。だいたいルークがレプリカというのは揺らぎようの無い事実でしょう? 先程アッシュが嫌と言うほど連呼していたんですから今更問題は無いでしょうに」
「だが、もう少し言い方ってものがあるだろう!!」
涼しい顔で言うジェイドにつかみかかるガイ。そんな場面を見てしまうと嬉しさのあまりほろりと涙でも出そうだ。つい数時間前に見限ったはずの人間に対してまで気を遣うなんてガイってばなんて良いヤツなんだ。
「ですが、当の本人は全く動揺していないようですねぇ」
「まー、なんか今更って感じだしなぁ……」
言った途端「やべ、やっちまった」と思う間も無く、もう何度目になるか判らない疑いの目線が突き刺さる。ただ、ガイやイオンだけは困惑気味。仲間たちの優しい眼差しに慣れてしまっていたのだろう。不審なものを見るような視線にはどうも耐えられそうに無い。無性にここから逃げ出したくなった。逃げないで向かい合ったほうが関係の修復は容易だとわかってはいるのだが、感情は収まってはくれない。
「ほう。今更……ですか?」
キラリとジェイドの眼鏡が光る。ただそれだけの事なのにえらく恐怖を感じるのは何故なのか。
「お、俺だって最初から知ってたわけ…じゃぁ……」
「では、いつから?」
「…………」
言えるわけが無い。ついさっき未来からやってきたからですなんて。
「おや、だんまりですか?」
全くこんな簡単な質問にすら答えられないなんて、どんな育て方をされたのやら。あぁ、教育係ならそこに居ましたねぇ。ねちねちねちねちねちねちねち。
ルークだけでなくガイにまでその厭味が矛先を向いた瞬間、ぷっちーんとルークの中で何かがキレた。
「だぁぁぁ~~~っ! こんな空気耐えられるかっ!!」
ついでだからこのまま有耶無耶にしちまえと言わんばかりに、ずんずんとユリアシティ目掛けて歩き出す。そこに飛び込んできたのは、アッシュに寄り添うように座り込んでいるナタリアの姿。
「――ナタリア。お前、アッシュについててやれよ」
アイツきっと喜ぶだろうからさ。
そっとナタリアにだけ聞こえるように告げると、ルークはダッシュでユリアシティの中へと駆け込んだ。彼女が立っていると思しき場所から戸惑うような気配を感じたが無視。背中に重みを感じた上に「みゅぅぅ~」とかいう声が聞こえたが気のせいだ思い込むことにした。全力ダッシュしているからその揺れも尋常ではないだろうに、信じられないほどの吸着力。
皆が来る前にテオドーロさんを探して、ユリアロードの使用許可を貰わないと。
頭の中はそんな考えでいっぱいいっぱい。例え追いかけてこない可能性のほうが高いとわかっていても、そう思ってしまう自分にルークは苦笑した。未練がましいにも程がある。
それでもルークは足を止めずに走った。
共にあることが苦痛ならば、せめて離れていても自分にできる方法で助力を。
