なにこれ2

キィンッ、キュィーンッ! と激しい剣戟がダアトにある神託の盾本部のとある一室から響き渡っていた。

剣戟を響かせているのは二人の青年。

片方は黒を基調とした神託の盾で支給されている団服を着て、前髪を後ろに流した青年。もう片方はゆったりとした白の上着に黒のズボンと外套といういかにも旅人といった服装の青年。だかその容姿は双方とも似通っていた……いや、似通うなどというレベルではなく瓜二つ。その身が翻るたびに双方の長く紅い髪も舞う。

「テメェ、シラ切るんじゃねぇよ! レプリカがッ!」
「さっきから俺はレプリカじゃねぇッつってんだろーが! いい加減認めやがれッ!!」

一言発するたびに剣のぶつかり合う音が響き渡る。

「レプリカじゃなけりゃ何だってんだ? まさか俺自身だとでも? ハンッ、ふざけんな!」
「そのまさかだ、この頑固者がッ! そんなだから取り返しがつかなくなって初めて大事な事に気付くんだテメェも俺もッ!!」

そして怒りに任せた外套の青年の一撃が黒服の青年を打ち据える。

……ローレライの鍵で容赦なく。ぶっちゃけ八つ当たりだった。

□なにこれ2□

カイツールの軍港で出港準備に一日かかるということで一泊することになった。
カイツールでルーク一行とヴァンが合流してからは特にハプニングもなく……いや、カイツールでいきなりルークに詰め寄ったルークそっくりの容貌をした六神将のアッシュが――タルタロスが襲撃作戦直前に何故か行方をくらませたためにこの場が初対面だった――無理やり合流というハプニングがあった。ちなみにヴァンがいくら帰れと命令しても「俺の行動は俺が決める! テメェの指図は受けねぇ!」とごり押しして押し切ったりしたが、まぁ他に大きな問題は無かった。問題となる闖入者たちが現れたのは、ヴァンが手ずから夕食を作り振舞おうとした矢先のこと。

突如部屋に押し入りテーブルに並んだ料理を一瞥した後、フンと鼻で笑うと未来ティアが冷たく告げた。

「今、時代は親子丼なのよ? そんな事も判らないなんて墜ちたものね、兄さん」

彼女にはヴァンの魂胆がみえみえだったのだ。それすなわち――食べ物による餌付け。過去ティアには好物を食べさせて自分の好感度を増大させ、過去ルークに対しては「ヴァンが自分のために料理を作ってくれた」という事実を認識させることによって更なる信頼を得ようとしたものと思われる。神託の盾の主席総長ともあろうものが姑息過ぎるご機嫌取りだった。

「お、親子丼……?」

未来ティアの言葉にいささかショックを受け呆然とするヴァン。彼にとってティアは大事な大事な妹である。未来のとか過去のなんて事情をこの場で唯一把握しきれていないヴァンにとって、過去だろうが未来だろうが『ティア』の言葉はすなわち『妹』の言葉であった。

「いつまでもアレンジ一つ無いたまご丼でまかり通るとでも思ってるんですかねぇ、この髭は」

そこへ追い討ちをかけるかのごとく未来ジェイドが一口だけたまご丼を口にして「ふむ。本当に何の捻りも無い味ですね。強いて言えば男の手料理らしく大味であると言った所でしょうか」なんて、お前どこの料理評論家だと問い詰めたくなるようなセリフを吐く。しかも人を小ばかにするような笑みを添えて、最後に鼻で笑うことも忘れない。

「でっすよねぇ~。ルークは日々精進して頑張ってるっていうのに総長ときたら!」

今度は未来アニスが一口。もぐもぐと咀嚼して「うーん、ちょっとしょうゆが濃いなぁ。乙女にこんな味の濃いもの食べさせるなんて、総長ったらホントに女心が解ってないんだから!」とご立腹。

「だなぁ。こんなんじゃルークの事を見下す資格なんざ無いって判らないのかねぇコイツは」

さらに未来ガイも一口。「師匠なら弟子の好物ぐらいは把握してなきゃ駄目だろうに……」と嘆息。ヴァン渾身のたまご丼は彼の御眼鏡にはかなわなかったようだ。

「ええ、そうですとも。師匠という地位に甘んじて鍛錬を怠っているとしか思えませんわね!」

トドメは未来ナタリア「あら、このくらいでしたら今の私にも作れますわ」。その言葉に密かにナタリア王女の料理音痴っぷりを知っていたヴァンの目尻から一筋の水滴が流れ落ちた。お前たちは何処の舅・姑だ! 何処から湧いて出た!? 内心そう思っているだろうことは容易に想像できる。数週間前のバチカルの悪夢が蘇りそうで、水滴が濁流になるのも時間の問題だった。

「さ、流石にヴァンが可哀相に見えるのですが……」
「うーん。なーんでみんな師匠につらく当たるかなぁ」

パーティーの最後の良心。未来イオンと、何故かヴァンに対する事象にだけ鈍感な短髪ルークがのんびりと各々の感想を漏らす。ちなみに可哀想可哀想と呟きつつ、引きつった表情で更には冷や汗を流す未来イオンだが決して口出ししようとはしない。

「……ご主人様ほんっとーにわかってないんですの?」

ご主人様命の仔チーグルも実は彼らに混ざりたかったのだが、本来草食である彼はたまご丼を食すわけにもいかず泣く泣く傍観する側へと回っていたのだ。まぁ、以前ケーキを食したことはあったがソコはソレ。となると返す返す某栄光の大地における決戦で、ラスボスの顔にミュウファイア2を吹けなかったことが悔やまれた。

「――なっ、なななななな!!」
「どうしたのですか、アッシュ?」

なぜか唐突に声をあげ始めたアッシュ。過去イオンが心配そうな声で問うが、彼はまともな言葉を返すことができないようだった。答えるわけでも無くひとしきり「な」という文字を言い続けたかと思うと手近なところにいた長髪ルークの胸倉をひっつかんで、彼はやっと「な」以外の言葉を発した。

「屑っ! 屑が二人いる!!」
「んだよ、お前知らなかったのか? てか人のこと屑呼ばわりすんのやめろよなー。それと手ぇ放せっての。服がシワになんだろ」
「あ、ああ、悪かった……じゃ・ね・ぇ!! これは一体どういうことだ!?」
「あぁ、アイツだけどなんでも未来の俺らしーぞ。……まぁ、未来の俺なクセにえらくガキっぽいけどよ。つーかさ、あいつの精神年齢ってぜってー下がってるよな?」

何があったのかすっかり過去組に受け入れられている未来組。一部はやけに怯えている――主に過去ガイとか――が長髪ルーク以外の他の面々にしても、驚いている様子もなければ否定の意思も感じない。会った瞬間斬り合いになったアッシュとは大違いだった。

「そういう事を聞いたんじゃねぇよ! 俺が聞きたいのはっ――……いや、やはり答えなくていい。お前は……いや、お前たちは俺と違って意固地では無かったという事か」

「あれ? あれれ? なんでアッシュがここにいるのぉ~?」

ここに来てやっと未来組は、本来ならここに居るはずの無いアッシュの存在に気がついた。

「心なしかルークとの仲が良好に見えますわ。……もしかして私たちの知っているアッシュでは無くて?」
「ま、そうでしょうねぇ。この時期のアッシュはルークと顔を合わせるたびに斬りかかって来たり、罵りあいをしていた筈ですから。ルークの隣に何食わぬ顔で陣取るなどという真似ができるとも思えませんし」
「そうそう。昔のアッシュってば気が短いから隣に陣取る前に血管がぷちって切れそうだよね、ぷちって! それか『テメェみてぇな屑と同じ空気なんざ吸ってられるか!!』とか言いながら剣抜いて速攻で斬りかかりそー」

アッシュの物真似の部分だけ眉間にしわを寄せ低いトーンで話す未来アニス。未来ミュウが「すごいですの! アニスさん、そっくりですの!」とこぼして、無言のアッシュに踏まれた。

「……いや、時期とか関係なくアイツとは最後までケンカ腰だったよーな気ィするけど」

最初から最後まで穏やかなまま済んだ邂逅など数えるほどもなかったような気がすると短髪ルークは思う。

「けれど私たちの知っているアッシュだとしても、どうして今更六神将の格好なんてしてるのかしら」

最もな疑問を口に出すティア。もう未来アッシュは六神将では無いし、そもそも未来組の時間軸では六神将はもう解体され存在していないから未練があるとも思えなかった。

「大方、六神将として動いた方が早くルークと接触できると踏んだんじゃありませんか?」

単純ですよねぇと小馬鹿にするような笑みをアッシュに向けるジェイド。何気に意趣返しだった。

「ぐぅっ、わ、悪かったな。……単純で………!!」

「おやおや、しばらく見ない間に随分と素直になったじゃありませんか。もしや術式が失敗した事に対する罪悪感でも?」
「……気付いていたのか」
「当たり前です。ここまで事前説明と食い違っていれば気付かないほうがおかしいでしょうに。まぁ、そのお蔭でルークだけでなくイオン様ともお会いできた事ですし、結果的にはこれで良かったのかも知れませんね」
「……そのよう、だな」

「そういえば……もう一人のアッシュはいま何処にいるんですか? この場にはいないようですが」

いつの間にやらルークへの風当たりが弱くなった未来アッシュに、なにやら微笑ましいものを感じつつ未来イオンが疑問に思っていたことを問う。これまでのパターンが踏襲されているなら、彼も過去の彼自身の目の前に現れたはず。にもかかわらずこれまで一度もこの時代のアッシュは姿を現していない。

「あぁ、あの分らず屋ならローレライの鍵で殴り倒した上で簀巻きにして部屋のクローゼットに詰めてきた」
「なんというか……おまえ容赦ないなー。仮にも自分自身だろ? つーかレプリカでも無いってのに厳しいよな」

全くよどみ無く冷静に答えるアッシュに、相変わらずというか何というか……と困り顔でルーク。というか、レプリカに居場所とか何もかも奪われてると思い込んでる――いや、実際にそうなのだろうけど――上に、未来の自分に六神将という居場所まで奪われちゃったら過去アッシュはグレたりしないだろうか? その辺りが本気で心配になった。

「仕方が無いだろう。顔を合わせた瞬間斬り合いになったが、俺の手持ちの武器はローレライの鍵しかなかった。それにあのまま野放しにしておいたら、まず間違いなくルークに見当違いな憎悪を撒き散らしに来るに決まっている」
「お前もすっかり丸くなったもんだ。いつの間にかちゃんとルークの事を名前で呼んでるし」

真剣にルークを案じるようなアッシュの言動にガイが嬉しそうに笑う。親馬鹿なガイは、かつてアッシュから憎悪を向けられたルークが落ち込むのを見るのが辛かった。わだかまりが完全に溶けた訳ではないが最近ではアッシュの事も気にかけられるようになってきていたから、彼の心境の変化は歓迎すべきものだ。いつまでも憎しみに囚われ続けるのは辛いだけでなく悲しすぎる。

「ふ、フンッ、一度だけとはいえこの俺に勝ったんだ。名前くらいは呼んでやっても良いかと思っただけだ! それと丸くなった云々は一番最初に絆されたヤツから言われたくねぇっ!」
「はははっ。一番最初に絆された……か、違いない」

事実であるだけにガイは苦笑するしかなかった。

「それにしてもアニスちゃんってば、ルークを気遣うアッシュを見る日が来るなんて思いもしなかったよぅ~」
「でも、漆黒の翼が言っていた所だと会話内容がナタリアが六割でルークが三割だったんでしょう? それだけルークの事を気にしていたって事なんだからあり得ない話じゃないと思うけど……」
「うはぁ~。ってコトはぁ、もしかしなくても可愛さ余って憎さ百倍の裏返しバージョンってヤツ~? それとも普通にツンデレ? はたまた素直になれないオ・ト・シ・ゴ・ロ?」

きゃはっ、素直になれないキャラだと大変だよねぇ~v

だんだんと調子付いていくアニスに、みるみる顔が赤くなっていくアッシュ。

「てめっ、アニスっ、ツンデレ言うな! それから気持ち悪いことを言うんじゃねぇ!!」
「はうあっ、アッシュに名前で呼ばれたぁっ!? いっつもガキガキ言ってるのに!」
「べっ、別に呼びたくて呼んだ訳じゃねぇっ! 文句ならそこの屑に言いやがれっ!」
「えぇっ、なんで俺!?」
「テメェの記憶の残滓のせいだからに決まってるだろーがッ!!」
「んなこと言われたって不可抗力だろ、それ!!」
「グダグダ言ってんじゃねぇーッ!」
「言いがかりだぁーーッ!? ていうか悪徳商法よりタチ悪ぃーーっ!!」
「うるせぇっ、文句言うならエクスプロードぶちかますぞおらっ!」
「ドコのちんぴらだよお前っ!!」

「ま、二十歳を過ぎた野郎に言うセリフじゃないよな……お年頃ってのは」
「ガイのいう事も最もですけれど。……アレは成人した男性の取る行動ではありませんわよね。殿方って皆、あのように子どもっぽさが抜けない方ばかりなのでしょうか……?」
「そういう訳じゃ……あるかもしれないわね。二人の身近に居たのはガイだし……」
「………ティア。なんでそこで俺を見るかな」

「――ところで用事とやらは済んだのですか?」

ここまでの成り行きを他人事のように見物していた過去ジェイドが問いを投げかけた。まぁ、満面の笑みで合流してきたからには、しっかりきっかり終わっているのだろう事は判っているのだが。未だ完全に信じた訳ではないし、自画自賛という訳でもないのだが、自称未来の自分がついているのだからその辺りは間違いない。

「ええ、おかげさまでスムーズに事を運ぶことができましたよ。あぁ、途中で鼻垂れディストを捕縛したのでマルクトまで連行しておきました。後はご随意にv」

ワイヨン鏡窟で一通りの探索をした時、偶然発見したのでとりあえず捕まえておいたのだ。その際ディストに、いつかのケテルブルクホテルでの悪夢が再来してしまい仲間たちを震え上がらせたのだが特筆すべきことでもない。

「ジェイド。ピオニー陛下はディストに同情的だから随意にってのは無理だと思うんだが……?」
「ガーイ、甘いですねぇ。陛下の網をかいくぐるなんて私なら朝飯前なんですよv」
「……なあ、今度それ俺にも教授してくれないか? 最近、どうも陛下に俺の行動が筒抜けになってる気がするんだよ。逃げても逃げても行く先々でかち合っては雑用を押し付けられるし」
「あぁ、それは……私が陛下に貴方の行動を逐一報告していたのが原因かもしれませんね☆」

「ジェェイィドォォォ~~~~ッ!!! 『かもしれませんね☆』じゃなくて間違いなくあんたが原因じゃないか!! あんたは俺を過労死させる気かッ!? というかマルクト貴族に労災はおりるのかっ!?」
「労災ですか。保障のしっかりしている軍人なら心配は要らないのですが……。あぁ、そうですガイ! いっそのこと軍人に転向してみる気はありませんか? ちょうど私の副官が病気で休養中でしてねー」
「絶対にお断りだッ!!」

副官の病名はストレス性の胃炎とかその手のヤツに違いない。根拠は無いが確信に近い思いを抱くガイだった。

「そういや用事って……お前らタルタロスだっけ、あのでけー乗り物使って何してきたんだ?」

長髪ルークの疑問ももっともで、他の過去の面々も興味深そうに聞き耳を立てている。何しろ未来組ときたらエンゲーブで合流するやいなや、その実力でもってあっという間にタルタロスをジャックしてしまったのだ。その後すぐに過去組だけをタルタロスの外へと放り出して「セントビナーとカイツール経由で……かつ街道を通ってバチカルに向かってください。あぁ、用事が済んだらタルタロスも返却しますので」なんて伝言を残し行方をくらませた。任務に就いていた乗組員ごと。ちなみにその伝言のお蔭で合流できたのが過去ガイだったりする。

ここに居るという事は用事が済んだという事だろう。やけに晴れやかな顔(一部を除く)を見せる未来組の面々。

「……いや、聞かないほうが良いと思う。つーか少なくとも一つ……いや二つは嫌でも判るかもだしさ」

答えたのは他の面子と違い、やや顔が引きつっている短髪ルーク。その目線は思いっきり長髪ルークから逸らされていた。しかしながらそんな挙動不審な態度を取るのは短髪ルークくらいなもの、あとイオンが少しだけ引きつった笑みを浮かべているくらいで、他の面々は中々に上機嫌。

「星がとってもキレイでしたのー」

未来ミュウが大きな瞳をキラキラさせてうっとりと呟いた。その言葉に反応した過去ミュウが「そんなにキレイなんですの? それならボクも見たかったですのー」と想像を膨らませて、やはりその大きな瞳をキラキラと輝かせる。連鎖反応のごとく彼らを見た過去ティアが「かっ、可愛い……」と顔を赤らめて呟いた。未来ティアは女神も顔負けな自愛溢れる微笑でもってチーグルに同意を示す。

「そうね。離れて見る機会はなかなか無いから新鮮だったわね」
「ふふっ。あの光景……皆さんにも見せたかったですわ」
「ストレスも解消できましたよねー、イオン様☆」

突如、話を振られた未来イオンの肩がちょっとだけビクッと揺れたが目に見えたリアクションはそれだけだった。

「そ、そうですね。えと……あの様子だと少なくとも半年はこちらに干渉する事ができないのではないでしょうか」
「……けど半年もあったら余裕で諸々の決着が着くよなー……」
「…ええ。準備にいくら時間をかけても……壊されるのは一瞬、で済んでしまうんですよね。……その、なんというか、ご愁傷様です」

最後の一言は明らかにとある人物に向けて放たれたもの。本気で同情したがゆえの一言だった。

「「………………………」」
「「「「「????」」」」」

その意味を察してしまった者は押し黙り、解らない者は疑問符を浮かべる。反応を示さず思考に耽る者もいたが。

「なぁ、アッシュ。お前、あいつらが何やったのか解るか?」
「……あっちの屑…いや、ルークの顔を見ればそれとなく予想はつく。だが余計な気苦労を背負いたくないなら解らん方が身のためだ」

そう告げるアッシュは疲れきった表情を隠しもしなかった。

――後日。過去組は、ベルケンドの研究団御用達の洞窟が跡形も無く崩れ去ってたとか大詠師が長期入院したとか……そんな情報を耳にすることになるのだが、それは未来組の所業の一部にしか過ぎないのであったとか。