「ルーク!」
城の入り口で、名を呼ばれたルークが振り返るとそこにはナタリアが立っていた。
「私も連れて行ってください!」
何処に? とは問わない。なぜなら長髪ルークが親善大使としてアクゼリュスに向かうようにとの命を受けた時にナタリアもその場にいたし、その時にも同じことを王に懇願したがそれが聞き入れられる事は無かった。しかし正義感が溢れ自らの意思を貫き通そうとする彼女のこと、そう遅くないうちにこうなる事は長髪ルークにさえ容易に予想できた。
「駄目だっての」
横から無言の圧力をかけてくる過去ティアの視線を受けるまでも無く、返す答えは決まっていた。ちなみにジェイドの方からは何も無いのが少し怖い。これはアレか? 俺のことを信用してますっつーポーズか? それとも単にナタリアの説得が面倒くさいだけなのか? どっちにしろ俺に面倒なこと押し付けやがってこの鬼畜眼鏡! 様々に入り乱れる内心の困惑をなけなしの自制心で飲み込んで――バチカルに帰るまでに身に付けざるを得なかった処世術だ――長髪ルークはナタリア説得にかかった。
「お前わかってんのかよ? 今のアクゼリュスは――」
「湧き出す瘴気のせいで障気蝕害におかされ動くこともままならない民たちが救助を待っているのでしょう?」
「言っとくけど親善大使に任命されたのは俺だぞ? お前が行く必要ねーじゃん」
「必要があるとか無いとかそんな問題ではありません! 苦しんでいる民がいると判っているのに何もしないだなんて王族として――」
「今回行くのってマルクト領らしいから王族とか関係ねーと思うけど?」
「そっ、それはそうですけれど……国が違えど苦しんでいる人々を放っておくことなど私には……!」
「……ちっ、しゃーねーなぁ」
「それでは連れて行っていただけるのですね!?」
長髪ルークは不承不承といった風だったが、自らの要望が聞き入れられてナタリアの顔が喜びに綻ぶ。だが纏まりかけていた話に待ったをかける者が。
「ルーク! そんな勝手なこと――」
「じゃあ、ティア。お前ナタリアを説き伏せられる自信があんのかよ?」
「……っ」
無理そうだった。僅かながらも垣間見た彼女の未来を思い出すと説得は無理っぽい。きっと先に根負けしてしまう。
「ティア、貴女の負けですよ。それに彼女のことですからここで断っても後でこっそりついて来るに決まってますし」
それならば最初から目に付く場所にいてもらったほうが楽ですとジェイドの目は語っていた。そうしてナタリア・L・K・ランバルディアの同行が決まったのだった。
「おっ、ルーク。任命は終わったみたいだな」
「ガイ! もしかして今まで待ってたのか?」
城前の広場で長髪ルークを出迎えてくれたのはガイ。来る時に一緒に城の中まで来ればいいのにと言ったら「一介の使用人の俺が登城するなんてとんでもない」と断られたのだ。過去ガイはともかく、ガイは厳密に言えば使用人でなくマルクトの貴族なのだが、この時点では認められていない本来の身分で登城するわけにもいかない。正直に名乗った日には下手をすれば投獄である。
そんな事を考えていたガイの耳に喧騒が届いた。
「なんだか広場の方が騒がしいな」
「……なんか騒ぎでも起こったのかよ? めんどくせーなー」
「はっはっは。ルーク、そんな事を言わずに行ってみましょう。それに――どうやら無関係ではいられないようですしねぇ」
はぁ? どういうことだ?
ジェイドの意味深な言葉に対する問いが発せられる間も無く――
「きゅうぅっ、ルーク様ぁ~~!」
「おわっ」
声と共に長髪ルークへと体当たりをかましてくる小さな影。その正体は問うまでも無い。こんなことをしてくるのは二人くらいしか思い当たらないし、そのうち一人(?)は道具袋の中で寝息を立てている。
「なっ、何があったってんだよアニスっ?」
「それが……イオン様が――」
――イオン様が攫われちゃったんですぅ!!
アニスの叫びがバチカル城前の広場に響き渡った。
□なにこれ4□
「コラっ、てめーらイオンを返しやがれぇッ!!」
イオンが攫われてそう時間が経っていないのが幸いしたのか、目撃証言を追って行くと比較的街の出口に近い場所で誘拐犯たちの姿を捉えることができた。実行犯と首謀者が違うのか、片方は黒を基調とした制服を着た一団、もう片方はドハデで個性的な格好をした三人組。ちょうどイオンの引渡しが行われていたようで、双方ともに長髪ルークの出現に驚きを隠せない。
「てやぁぁっ!!」
その長髪ルークだが考え無しに一団の下へ突っ走り、威嚇がわりに手近な一人へと剣を抜き放った。が、その人物は舌打ち一つしただけで軽くその一撃を打ち払う。
「……フンッ。相手の力量も判らず突っ込んでくるとは想像以上の大馬鹿だな。これなら野生のイノシシの方がよっぽどマシってもんだ」
「うっ、うるせーっ、誰がイノシシ以下だっ! オカメインコに言われたくねーよッ!!」
「だっ、誰がオカメインコだッ! この屑がっ!!」
「屑屑言うなっ、てめーはアッシュかよ!?」
「――なッ、何故俺のことを知っている!?」
長髪ルークの思わぬ一言に相手をしていた過去アッシュ――正体を隠す気が毛頭無いのか素顔のままだ――が驚きにしばし絶句したが、「テメェが屑なのは事実だろうがよっ」と気を取り直した彼の罵倒で、再び打ち合いと罵りあいが始まったのだった。
それを傍目で見ていたガイとジェイド。
「あれは……この時代のアッシュだな」
「そのようです。いやぁ、相変わらず無駄に偉そうですねぇ。血の気の多さも変わり無いようで」
「ははは、血の気の多さは今も変わらないからなぁ」
と言っても、たかだか二年かそこらで変わるものでも無いから当たり前か。
しかし二年前には当たり前だった光景が、今ではとても懐かしい。たかだか一年に満たない期間に繰り広げられていた光景が身に染みている事に気付きガイは苦笑した。
「そういや俺たちが知ってる方のアッシュはどうしたんだ?」
「アッシュですか? 彼ならば――ほら、そこの木の影で過去の己を客観的に見て悶絶しているようです」
「あー、まぁ、昔の自分を見せられるほど恥ずかしい物もないからなぁ……」
「そうですねぇ。私も昔の――子どもの頃の自分に会うことがあるならば殺してやりたいですし」
「……いや、俺はそこまで過激なことは言ってないし論点が変わってないか?」
「大佐、ガイ! のんきに見物してないでルークの助太刀をなさってくださいな!!」
過去アッシュの顔が長髪ルークと同じだったことから少々困惑気味――事前に話だけは聞いていたのでそう大きな混乱は無かったようだ――なものの、ナタリアが声をあげた。
「――お姫様の言う通りだよ。仮にも僕ら六神将を前に世間話だなんて、油断しすぎじゃないのかい? 死霊使い殿」
そしてナタリアの言葉を引き継ぐかのようにジェイドの背後で聞き覚えのある少年の声。サッと振り返ったジェイドの目に飛び込んできたのは、仮面を着けた少年の手から放り投げられる小さな箱。その箱の正体には嫌と言うほど心当たりがある。
――封印術。
ジェイド自身がそれをどうにかするには機動力が僅かに足りない。死霊使いの力は封じたと声の主は確信して、ニタリと唯一仮面に覆われていない口端を吊り上げた――――が
「別に油断なんてしてませんよ。ねぇ、ガイ?」
余裕のある言葉と共に箱が真っ二つになるのを少年は見た。
「……全く。俺も気付いたから良かったものの、旦那ももう少し危機感ってものを持ってくれよ」
「ガイなら……きっとやってくれると信じてましたからv」
満面の笑みと滅多に聞けない猫なで声に、ぞぞぞ~っとガイの背に寒気が走る。あまりの恐怖に「この数秒の記憶は封印しろっ、封印するんだっ!」と彼の脳が必死に命令を下す。そうして現実から目を逸らすべく逸らした視線は、さきほど自らが真っ二つに切り捨てた箱へ。
「それにしてもこんな小さな箱が国家予算並の金額で作られた譜業だなんてなぁ……」
話にだけ聞いていた封印術。先の言葉から判る通り、作成に国家予算並みの費用がかかるので一般庶民が見る機会など殆ど無い譜業。譜業好きでも一生に一度拝めるか拝めないかという代物を前にガイは感動に浸る。半分は純粋に己の趣味と興味からくるものだったが、もう半分はどう考えても現実逃避だった。
「ガーイ、それは後で好きなだけいじらせてあげますから。もうそろそろイオン様を救出しますよ」
「あ、ああ。けど、約束だからな? 手が滑っちゃいましたーvとか言って譜術で吹っ飛ばしたりしないでくれな?」
「はっはっは。ガーイ、私のことを何だと思ってるんですか?」
笑顔でガイを威嚇しつつ、「あ、カースロットには気をつけてくださいねv」と付け足すのを忘れないジェイドだった。
「ハッ、余裕ぶるのもいい加減にしなよ。あまり僕らを嘗めるな!」
一連のやり取りでないがしろにされたと感じたのか少年が息巻く。
「『余裕ぶっている』のではなく、実際『余裕がある』のですが……人一倍プライドが高そうですからねぇ、シンクは」
ため息を吐きつつ、「さて、そろそろ木の影でへこんでいるアッシュに働いてもらうとしましょうか」なんて思う、自分で動く気は毛頭無い死霊使いであった。
* *
《――……っしゅ、……あっしゅ》
「…ルーク……か?」
唐突に独り言を繰り出し始めたアッシュだったが、それを見ていた事情が解っているガイとジェイドを除いた面々が怪訝な表情になる。
「アッシュの奴どーしたんだ?」
「おそらく便利連絡網ではないかと……。ルーク、貴方には何も聞こえないのですか?」
問いかけておきながらジェイドはすぐさま、そういえば彼の同調フォンスロットは開かれていなかったと思い至り問いを取り下げた。そして何にも聞こえないぞと不満顔で首を捻る長髪ルークへの説明を続ける。
「正式にはチャネリングと言うんですが、完全同位体という繋がりを利用して離れた場所から通信できるという代物です」
「へー、結構便利そーじゃねーか」
「まぁ、本来はルークから繋げることはできない上に頭痛を伴う筈なのですが……ま、ローレライが関わっているのは間違いなさそうですね」
「んだよソレ、俺ばっか不公平じゃねーかよ。納得いかねぇ!」
不満げな長髪ルークが微笑ましくて思わず微かにだが笑みがこぼれる。そこに「おい、眼鏡」とアッシュの呼びかけが聞こえてきたので説明を打ち切り、ジェイドは厄介事でなければ良いのですが……と彼の元へ向かうのだった。
* *
親善大使一行がテオ峠に差しかかろうとした正にその時。
地震が彼らを襲った。それはほぼ全ての人間が立っていられず地面に座り込んでしまう程の揺れで、どう考えてもただ事でないのは確かだった。
「いたた……何が起こったってんだよ。ったく」
「おそらくアクゼリュスが落ちたのでしょう」
一人だけ涼しげな顔で立っていたジェイドが冷静に言う。
「コラ待て眼鏡ッ! 俺と屑がここにいるってのに何故アクゼリュスが落ちる!?」
縄でグルグル巻きにされていた過去アッシュが叫んだ。彼は超振動を扱える人間――今の所アッシュとルークしか当てはまらない――が向かわなければアクゼリュスは落ちないと認識していた。ただ、パーティーメンバーがそれぞれ二人ずつ存在しているという説明を受けていなかった為、当然といえば当然の問いだった。だが、その問いに答える者はない。
「もしかして、さっきアッシュ経由でジェイドがゴチャゴチャとやってたヤツに関係があんのか?」
確か、チャネリングとかいうんだっけか?
長髪ルークが問うと、珍しく素直にアッシュが「ああ。」と答えた。
「アイツの言葉が足りないおかげで状況把握に随分手間取ったが、まぁそれは仕方ない。ローレライもたまには役に立つという事がわかっただけでも収穫ではあったがな」
「……アッシュ、てめー遠まわしに俺の事馬鹿にしてねーか?」
「ほう、気付いたか。今度から屑から阿呆に格上げしてやる」
「ほう、気付いたか――じゃぬぇーッ! つーか屑と阿呆じゃ全然変わんねーだろ!!」
ぎゃあぎゃあと言い争う――と言うには声を荒げているのは長髪ルークだけで、アッシュはどこ吹く風といった感じではあった。過去アッシュなど会話の流れについていけず目を白黒させている――二人を心配そうに見ていた過去イオンが、あの……と控えめにジェイドへ呼びかける。
「二人を止めなくても良いのでしょうか……?」
「大丈夫ですよ。言い争うのは仲の良い証拠ですv」
「眼鏡ッ、気持ちの悪いことを言うんじゃねぇッ!」
「ジェイドッ、キモイ事言うなっての!!」
「はっはっは。息もピッタリですねー」
「――テメェら俺を無視するんじゃねぇっ、質問に答えろ!」
心温まる会話(ジェイド曰く)が展開される中、置いてけぼりにされていたアッシュがついにキレた。
「……つまり。被害を増やさないために、未来の屑が超振動でパッセージリングを破壊し、アクゼリュスを落したと?」
「住民の避難は既に完了しているとの事ですから問題は無いと思いますが?」
ぐっ、と息を詰まらせる過去アッシュ。
「しかし未来の……とはいえ屑にそんなマネができるとは……」
「言っておきますが、超振動の制御においては貴方よりルークの方が上です。超振動の行使においては未来の貴方より経験豊富ですしね」
「だが、ヤツの力は――」
「何でも完全であれば良いという物でもありません。だいたい貴方は完全な超振動を扱えるのかもしれませんが、手加減することはできないのでしょう? 加減のできない力では味方をも巻き込みかねない……それでは元も子もない」
それならば威力が不完全であっても制御ができる力のほうがマシだと、ジェイドの目は語っていた。言外に「お前が思っているよりも遥かにルークは凄いんだぞ」などという親馬鹿丸出しな意図が微かに感じられるが。
「大体の事情は判りましたわ。……けれどアクゼリュスが落ちてしまった今、私たちは何処へ向かえば?」
「とりあえずはデオ峠へ。避難した住民たちはそこに居るはずですから」
* *
――アクゼリュス崩落から約一ヶ月。場所はアブソーブゲート。
事情をかいつまんで説明するならば、アクゼリュスの住民たちを適当な場所へ誘導した後、かの地の崩落をキッカケに起こりかけていたキムラスカとマルクトの戦争を誠心誠意溢れる説得で回避して和平を取り付け、大地の不安定さの現状と預言を盲信する事の危険性をとうとうと首脳陣――得にキムラスカ陣営――に語り有耶無耶のうちに外殻降下作戦への協力を取り付け今に至っていた。その一連に未来組が関わっていたと言えば、具体的に何が行われたのか語る必要は無いだろう。
それはともかく、ルークとアッシュがパッセージリングの制御盤に向かって第七音素を照射する様を見ながら、過去ティアが不安げに呟いた。
「……こんなにスムーズに事が運んでしまって本当に良いのかしら……」
「なーに言ってんだよ。邪魔が無いに越したことはねーだろーが」
作業要員からあぶれた為に手持ち無沙汰でぼーっと作業を眺めていた長髪ルークがつまらなそうに返す。なおも不安げな過去ティアにジェイドが訳知り顔で
「ふむ。コレはアレですね、しあわせ症候群というヤツですか」
「しあわせ症候群……ですか?」
聞いたことも無い病名にイオンがちょこんと首を傾げる。彼がこの場所に来る理由は無かったのだが、前回はここでヴァンが待ち構えていてお留守番をさせられた事もあり、今回危険が無いことを知るや否や「今度こそ僕は見届けたいのです!」と彼にしては珍しく我を通したのだ。過去イオンはといえば、和平で取り成された預言の扱いに関する仕事が山積みになってしまったのでダアトで缶詰中である。導師守護役である過去アニスも然り。
他にも同じような理由で過去ナタリアは席を外しているし、和平の席でうっかりマルクト貴族の嫡男だったことがバレた過去ガイも色々な手続きに追われているらしく此処にはいない。
「下手に現実を知っているせいで、良い事ばかりが続くと今にとんでもないことが起こってどん底に叩きつけられるのではないかという杞憂もいい所な考え方の事です」
「なんかソレ違わね……? つーか、症候群て病気の事だろ? 考え方の問題なら症候群って命名はおかしいだろ」
「造語ですからv」
「……お前なー。いや、ジェイドらしいっつったらジェイドらしいけどさ」
「ふむ。このルークが私にツッコミを入れられるほどに成長するとは……人とは不思議なものですねぇ」
ジェイドとルークの掛け合いの合間に、過去ジェイドの視線がルークと長髪ルークを往復する。
「……ジェイド。てめーどういう意味だよそりゃ」
「言葉通りの意味です」
「ははっ……俺、成長できてんのかな……」
「もうっ、ルークったら! また考え方が卑屈になってるわ」
「ルーク、自信を持てって。大体、お前は一度ならず三度も世界を救ってるんだぞ?」
「そうだよ、ルーク。それで自信がつかないってむちゃくちゃ贅沢なんだから!」
「アッシュ程図太く……とは言いませんが、もう少し自信をお持ちになってくださいな」
「…………」
この場の誰もがルークを励ます中、何故か過去アッシュと長髪ルークだけ沈み込んでいた。
「おい、ルークっ。テメェ他人の会話に気ィ散らせるほど器用じゃねぇだろ! 作業に集中しやがれ!!」
アッシュの声は若干苛立ちを含んでいた。きっとナタリアに「図太い」と言われたのがショックだったんだろうなと誰もが思ったとか。
そしてひとまず世界の危機は脱した。そりゃもうあっさりと。
その後、皆が胸を撫で下ろした直後にローレライの爆弾発言があるのだが、それはまた別の話である。
