よくある逆行話

――やくそく……まもれそうに…ない………な。

音素乖離で朦朧とした意識の中、そう思ったのを最後にルークの思考は途切れた。

 

 

 

□よくある逆行話□

 

 

 

―……なぁ、ローレライ。俺、なんか嫌われるような事したか?

どう良く見積もっても体に悪影響がありそうな紫色の空気が漂う中。ビュービューと激しい風に長い髪をたなびかせ呆然として甲板に立っている自分を自覚した瞬間、様々な疑問が頭をよぎった。よぎったのだが、見かけの年齢より少々――いや、かなりお間抜けな頭はそれらを記憶してくれず、反射的に出たのはやはり少々間抜けな叫び。

「ありえヌェ―ッ!!」

あまりに突然だったので、足元で甲斐甲斐しくルークをなぐさめてくれていたとおぼしき仔チーグルが、元から大きな目をさらに大きくして驚愕していたが気遣う余裕などなく、自らの頭をわしゃわしゃと掻きまくる。それでも頭の片隅に「ミュウ、ごめんな」という言葉が浮かんだのは、これまでの旅で培われてきた成長の賜物か。

「ご、ご主人様っ。どうしたんですの!?」
「どうしたもこうしたもあるかっ。どうもしなかったら叫んだりしねぇっつーのッ」
「みゅぅぅっ。ごめんなさいですのっ」
「……あー、その。えぇと…別にミュウが悪いわけじゃねぇから、あんま落ち込むなって」
「みゅ? みゅみゅ? ご主人様、ボクの事ブタザルって呼ばないんですの?」

とても純粋な目でそんなことを言われた。この仔チーグルが罵倒すらコミュニケーションの一種ととらえるほどに純粋な性格であることに気付けなかった過去の己の愚かさを悔やまずにはいられない。もっといい名前を考えてやりたいとは思うのだが。でも何度考えてもコイツ、ブタザルって感じなんだよなぁ……。

「ご主人様?」

心配してくれるのはありがたいし、その健気さにはとっても癒されるのだが、考え事をしたい時にチーグルのカン高い声が聞こえてくるとなんかムカついて考えが纏まらなくなる。思わずぶんぶん振り回したくなるくらいに。けれども、旅の間どんなに乱暴に扱ってもずっと付いて来てくれたミュウに対してそんな暴挙には出たくなかった。なので、

「悪ぃ、ミュウ。ちょっと考えたい事があるから、ちょっと黙っててくれないか?」

ミュウの質問には答えず―答えられず―できるだけ優しく告げる。

「みゅぅぅ。わかったですの……」

見るからに落ち込んだミュウに、本っっ当にごめん、今度なんか埋め合わせしてやるからなとルークは思ったとか思わなかったとか。

 

*   *

 

とりあえず一度目をつぶって十数え、恐る恐る目をあけて周囲を見回してみる。
だが、広がるのは目をつぶる前と変わらず紫色の海に空。無常にも風景に変わりはない。

もはや記憶の中にしか存在しないはずの魔界の風景。

こんな光景は外殻を降下させたんだからあるはずが無いし、瘴気だって命がけで中和したんだからおかしい。それにタルタロスは主な部品をアルビオールに取られて航行不能…っつーか、地核の振動を止めるために地核の底に沈めたよな?

でもここはタルタロスの甲板で俺の髪は長くて、みんなはいなくて傍にはミュウしかいない。

今の状況には嫌というほど覚えがある。
なんたってあらゆる意味で人生の転機になった時に経験した状況だ。

つまり、アクゼリュス崩落直後。

っつーか、なんでこんな事に?
俺、音素乖離で消えちまったはずだよな?
それがどうして戻って――本当に戻ったって言っていいのかは判らないけれど――戻ってきてんだ?

ルークの稚拙な頭で考えても、こんな真似ができそうな存在は一人(?)しか浮かばない。
第七音素の意識集合体――ローレライ。未来に起こりうる出来事を預言という形で人々にもたらしたかの存在ならば、これぐらいはやってのけそうだ。完全同位体であることからルークとの関わりも深いことだし。

でもさ、どうせ戻すならタタル渓谷に飛ばされた時とか、俺が生まれた時とかでもいいじゃんか。
それならまだアクゼリュスの事とかどうにかなったかもしれないのに。なんでよりによってこのタイミングなんだ。やっぱ、俺の事嫌いなんだろローレライ。

本来なら消えていた所に命を拾うことができたのだから感謝すべきなのかもしれないのだが、人間関係が最悪で精神的にもどん底だった時へと戻されてしまったためか、文句の一つも言いたくなってきた。

……まぁ、瘴気中和の直後とかに戻されるよりはマシなのだろうが。

これから、何よりも大切に思っている仲間たちの冷たい視線に晒されるかと思うと気が重い。おまけに、いまさら前回みたいに「俺、変わるから」宣言なんて恥ずかしすぎて……というか白々しすぎてできやしない。
正直に状況を話したところで、信用・信頼がマイナスゲージを突っ切ってどん底の自分が言う事なんてまともに取り合ってもらえない気がする。ティア辺りに「自分のした事から逃げ出して、現実逃避するなんて最低ね」なんて絶対零度の視線を投げかけられそうだ。下手をすれば空気扱いとか頭おかしいヤツ認定もありうる。

―― さ い あ く だ。
ティアにそんな事されたら立ち直れなくなるかもしれない。ていうか立ち直れねー。

……え? となると何か? 事情も話せず変わる宣言もできない俺は一人ぼっち決定?
いや、ミュウは付いてきてくれるだろうから一人じゃないし。ガイも来てくれる……と、いいなぁ。……って、駄目だ。このまま知っている通りに物事を運ぶつもりならみんなと離れて行動すべきじゃ無いだろ俺……って覚えてる通りに行動しちまったら結局消えちまうだけじゃねぇか。やっぱり事情を話してみんなで解決策とか考えた方がでも証拠とかねぇしどうしようせめて手元にローレライの剣とかあったら信憑性とか増してジェイドが何か考えてくれるかもしれないのにサービス悪ぃぞローレライっ。

結局、ルークの悶々とした思案はユリアシティに到着するまで続いたのだった。

きっと続かない。