それでも彼は懲りない

 それはタルタロスから逃げ出した導師一行を捕らえるために六神将が勢ぞろいし、打ち合わせが終わった時の出来事。

「――アッシュ、話がある」

リグレットがアッシュを呼び止めたのは、セントビナーの入り口前から立ち去ろうとしていた矢先だった。他の六神将の内、ディストとラルゴの姿は既に無く、この場に残るのはアッシュとリグレット、シンク、アリエッタの四人のみ。

そんな状況でアッシュを呼び止めたリグレットの声は思いのほか険を帯びていた。過去こんな声で呼び止められたのは大概がイタズラとか何かやらかしたりした時ばかり。もしかしてまた何かバレたか? 戦慄を覚えたアッシュ。

「……えーっと、何かあった…のか、リグレット?」

そのためか、彼はやや怯えつつ彼女に尋ねた。彼女は自分の育ての親の一人であるのだ。過去に幾度と無くイタズラをして他人に迷惑をかけた時それに対して行われた仕置きとか、躾の一環と称してなされた所行の数々は、現在では立派に彼のトラウマになっている。

しかしいくらリグレットたちがお仕置きをしようとも、彼はなぜかイタズラをやめることは無く今日に至る。だからシンクやアリエッタにとっても、これは日常的に繰り返されている光景だ。

「何々? アッシュってばまた何かやらかした?」
「アッシュ、何かした……ですか?」

アリエッタは純粋に興味本位から、シンクは面倒事はすみやかに済ませようとばかりにリグレットの返答を促した。

「先日、閣下の身に降りかかった悲劇は覚えているな?」

「総長の………。あのときのこと?」
「ま、アレは悲劇って言うより喜劇だと思うけど」

――本っ当にアレは傑作だったよね。

その光景を思い返したのかて今にも大笑いしそうだったシンクだが、ギロリと鬼女の如き形相で睨まれて黙り込んでしまった。

「本題に戻るが……閣下がお休みになっていた時。あの方のお顔に落書きをしたのはアッシュお前だな?」

――間。

「――なっ、なななななななな何言ってんのか俺、には、サーーーッパリわっかんねーっつーのッ!!」

いきなりの断定に思いっきり動揺するアッシュ。証拠隠滅には余念がなかったから、まさかいきなりバレているとは思ってもいなかったのだ。

――そうだ! 証拠はないんだからしらを切り通せれば逃げ切れる!

そうして固められたアッシュの決意は、

「とぼけても無駄だ。既に裏は取ってある」
「う、裏……って……?」

続くリグレットの言葉ですぐさまバッサリと斬り捨てられた。

「特務師団副長が現場を目撃したと証言した。他の団員ならばいざ知らず、証言者はお前の副官だ。言い逃れはできないものと思え」

………。

うわーん、お前だけは最後まで俺の味方でいてくれると信じてたのにッ。てゆーか、あのとき近くにいたのかよ?! 全っ然、気づかなかったぞ!?

信頼していた副官に裏切られ、アッシュの心の中は流した涙でいっぱいだった。副官なんだからこんな時は上司をかばってくれたって良いじゃないか! 恨み言が浮かんでは消えていく。

でも直接文句を言っても彼はこう言い返してくるに違いない。これも師団長のためです……と。

「アハハ、それはまたくだらない事をしたものだねアッシュ」
「ちょ、待て! ナニ他人のフリしてやがんだシンクっ、でもってさりげなく逃げてんじゃねーっ! お前だって共犯――ッ!?」

ガツン。

シンクを追いかけようとしたアッシュの頭上に鉄拳が落ちる。

「~~っ!」
「――全く。罪を擦り付けて他人を巻き込もうとするなど最低の行いだぞ」

……どこで躾を間違えたのだか。拳をおさめつつ、ため息をついて呟くリグレットはヤケに男前だった。

「ちっ、違うっ! アレは俺だけじゃなくてシンクも一枚噛んでたんだっつーのっ! しかもアイツ、俺よりノリノリで倍くらい描いてたっ! 額に肉って描いたのもまぶたに目ぇ描いたのもなるとほっぺ描いたのもアイツだし!!」

俺が描いたのはブタザル風麻呂眉だけだぁぁっ!

そんなアッシュの悲痛(?)な叫びが響き渡る。

「何言ってんのさアッシュ。品行方正な僕がそんなことするわけないじゃない」

しれっと言ったシンクは輝かんばかりの笑顔。胡散臭い。

「黒っ! 腹黒さが無茶苦茶にじみ出てるぞシンク!!」

「言い訳とは男らしくないなアッシュ。…これは仕置き決定か」

そう言うとリグレットはがしっと、豪快にアッシュの長い髪の毛を鷲掴みにするといずこかへと引きずり始めた。

「え? ちょ、痛い、痛いってリグレット! 俺ちゃんと自分で歩けるから引きずるなって!!」
「却下だ。離せばお前は逃げるだろう?」
「逃げない! 逃げないからっ、て痛~~っ」
「さぁて、アッシュ。今回は何が食べたい?」

一にヴァン、二に任務。三、四が無くて五に訓練。

そんな家庭的な事からは少々縁遠い彼女から出た言葉に、サーッとアッシュの顔から血の気が引いていった。このセリフは数々のお仕置きの中でも受けたくない上位に入るソレの合図なのだ。

「いぃーやぁーだぁぁーーーーッ! ポイズンクッキングだけは!! アレだけは勘弁してぇぇーーッ!!」

どこぞの王女と違い、自らの料理のレベルを的確に理解しているリグレット。何しろ自覚したのは、愛情を込めて作った初めての弁当でヴァンを完膚なきまでに沈め数週間に渡って寝込ませたのがキッカケだ。そりゃあ理解しないわけにはいくまい。

ちなみに彼女、このお仕置きに関しては料理の実践ができる上に味見役をゲットできて、さらにはおいたをする悪い子への躾にもなる。…と、我ながら効率がいいことを思いついたものねなんて自画自賛しているフシがあった。さすが長年女ながらに軍人をしてきた彼女らしい思考だ。

「大丈夫。お前のおかげで私の料理もだいぶマシになってきたからな。いきなり長期入院などという事態にはならない」

自信満々におっしゃるリグレットさんだったがアッシュは知っていた。これは死亡フラグだ。こんな時ほど失敗する確率が高いんだ……。つーかこの言葉と自信ありげな態度に過去何度騙されてきたことか!

「ぃい―や―だぁーーッ! 還るっ、今度こそ俺、きっと音譜帯に還っちまうッ!!」

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないーーっ。

「アッシュ、キミの尊い犠牲は忘れないよ。……ま、今日だけだけどね」
「アッシュ……強く生きる……です!」

遠ざかっていく生への執着の叫びをBGMに、シンクとアリエッタは影ながらアッシュの無事を祈るのだった。

ちなみにこの光景を偶然見ていたキムラスカ在住の聖なる焔の光さんは「本当にあんな連中が六神将なのか……?」と疑惑を抱き、ユリアの子孫たる娘さんは「素敵です、教官」と呟いていた事を付け加える。