――今にして思えば。
この状況はどう考えても仕組まれていたとしか思えない。
……てゆーか、責任者出てこーいッ!!
どーせ髭の差し金だろッ!?【怒】
2004.9.22 某所遺跡内部にて緋勇龍麻(23)心の声より。
――日本にて、超古代文明にまつわる遺跡の存在を確認。
場所は、東京都新宿区に所在する全寮制『天香學園高等学校』の敷地内――
西洋風の墓が立ち並ぶ一角で、少々幼い顔立ちの少年――いや青年――緋勇龍麻(23)は途方にくれていた。
「…………なんで僕はこんな所にいるんでしょーか………?」
何故か敬語。もっとも、答えが返ってくることを期待しての問いではない。なにせこの疑問に答えられそうな人間とは既に別れた後なのだ。……まぁ、例え彼らが戻ってきたとしても別れ際に力いっぱいはり倒してしまったので、ちゃんと答えてくれるかどうか。あの某有名バスケ漫画の監督に激似な医者は、監督とは正反対で根に持ちそうだったので、絶対に答えてくれないだろうなぁという嫌な確信がある。
ここは東京・新宿の関係者以外立ち入り禁止となっている全寮制・天香學園内にある墓地。いまこの場にいるのは龍麻と、先日クラスメートになったばかりの八千穂明日香と皆守甲太郎の3人。この墓地、学生寮のすぐ裏手に広がっているのだが3人以外の人影は全く無い。
その辺りは墓地への立ち入り禁止という風変わりな校則や現在の時刻が関係している。
現在の時刻――――午後11時。
ほとんどの生徒が寮の自室で思い思いの時間を過ごしている時間帯。
この学校は校則が事のほか厳しいらしい。一般生徒だけでなく学校関係者が長期休暇以外に校外へ外出する事を禁止しているだけでなく、どうやら敷地内においても夜間外出を禁止しているようだった。
高校生なんだからこんな校則を破る人間は大量に現れそうなものだがその気配は全く無い。八千穂曰く「《生徒会》が厳しく取り締まっている」というのが理由だそうな。さらに皆守には「楽しい学園生活を送りたいなら《生徒会》には目をつけられるな」という忠告とも取れるアドバイスまでもらっている。
だが心苦しいが龍麻はその忠告を素直に受けるわけにはいかなかった。
本来6年も前に高校を卒業している彼がわざわざ《転校生》としてこの学校にやってきたのは、なりゆきとはいえここで《宝探し屋》としてこの地に隠された遺跡を発見し探索しなければならないから――ただし秘密裏に。秘密裏にという事は、人目を忍ばなければならない訳で行動時間は必然的に夜ということになる。つまりは確実に《生徒会》を敵に回す事になるのだ。
……ただ。
教室で紹介された時にいったん諦めがついたものの、いざ探索に乗り出すとなるとやっぱり自問自答したくなる。
なぜそんな事しなきゃならないんだろう……と。
はっきり言って《宝探し屋》なんてものになった覚えは無い。
最初は福引に当選して行ったエジプトでH.A.N.Tというロゼッタ協会所属の《宝探し屋》用の情報端末を拾った為に起こった単なる人違いだったはずなのだ。なのに、試しに電源を入れたH.A.N.Tは何故か龍麻のパーソナルデータを認証して起動するわ、素人なのに何人もの《宝探し屋》が命を落としたという遺跡を比較的簡単に突破、しまいにはロゼッタ協会と敵対しているレリックドーンと対峙したあげく砂漠で遭難……なんてことになっていた。
我ながら何て波乱万丈なのか。むしろトラブル限定の磁力でも持っているのか。これでは今後おちおち旅行にも行けやしない……と本人が思ったかどうかはともかく。
「――で、結局のところどうするんだ?」
思考を遮ったのは皆守。心なしか声に怒気が含まれている気がする。おそらく龍麻が自分で思っていた以上の時間、呆けていたのでしびれをきらしたのだろう。
面倒くさいだの厄介事には関わるなだの言っていたくせに、結局は自分から付いて来といて苛つくなんて心が狭いと思う。八千穂ちゃんなんかちょーっと困っちゃったなぁ~って感じで苦笑してるけど怒ってなんかいないのに。しかし言葉には出さない。この手の人間は図星を突かれると機嫌が格段に悪くなるというのは学習済みだ。
「とりあえず穴に潜ってみようかなぁとか思ってるけど」
「そうだねッ。この辺で怪しいものって言ったらこの穴しかないもんね」
「まァ、それが妥当だろうな」
「本当は何が起こるか判らないから八千穂ちゃんたちを連れてくのは嫌なんだけど……」
左腕に収まっている原材料不明な腕輪の存在を思い出し不快になる。数週間前にうっかり身に着けてしまった《力》を封じてしまうらしいこの物体さえなければ、何があるか判らないような場所に一般人である彼らを同行させるなんて事は絶対にさせなかっただろう。いや、同行させたとしても守る自信はあった。だが実際は《力》をほとんど封じられてしまったせいで普通の人より少し速い程度の動きしかできなくなってしまい、得意の古武道があまり当てにはできない状況。
「緋勇クンってばまだ言ってるの?」
「うーん。今から帰れって言っても聞いちゃくれない…よね?」
「もうっ、何度言われたってあたしの答えは変わらないよ!!」
武器になりそうなものだってちゃんと持ってきたんだからッ! とテニスラケットをブンブン振り回す八千穂の姿は悲しいかなとても頼もしかった。もしかしたらかなりの戦力になるんじゃないかと龍麻をして思わせるほどに。
「……じゃ、行こっか」
そう言うと龍麻は、もう地顔になってしまったほんわかとした笑顔のまま、どこに続くかも判らない穴のふちへと足をかけ――
「――って、待て待てッ! 穴の深さも調べないで命綱もなしに普通に飛び込もうとする奴があるかッ!」
なぜか慌てた様子の皆守に止められた。
「え? 命綱って要る?」
「あ・た・り・ま・えだろうがッ!! 穴の深さも確かめず飛び込んで墜落死なんて、俺はそんなマヌケな死に方はごめんだッ!」
「えー。上下水道・鉄道・電気…あらゆるものが地下に埋まってるこの都会で墜落死するほど深い穴があるとは思えないってー」
ここに龍麻の旧友たちが居たならまず間違いなく「……旧校舎は?」とつっこみの一つや二つ入れていただろうが、残念ながら現在ここには一人もいない。
「あったらどーすんだよ。つーか上下水道やら何やらにしても、運が悪けりゃ墜落死しちまうんじゃねぇのか……?」
「うぐぐっ……」
皆守の視線は事の成り行きを眺めていた八千穂に向かう。呆れかえっているのか皆守の目は半開き。
「……八千穂。お前、本っ当にコイツと…いや、こんなのと一緒にこの穴に潜る気か?」
「こ、こんなの…」
こんなの扱いされてへこむ龍麻。
だがこれから命を預けることになるかもしれない人物が目を潤ませつつ地面にのの字を書きつつ、「7年前はそんな扱いされなかったのに……しくしく」などと意味不明なこと呟く姿を見れば、誰だって皆守のように心配になってくるだろう。
しかし八千穂は強者だった。
「モチロン! だって面白そうだしッ。それに行かなきゃ取手クンの記憶の秘密も判らないしっ」
「うわー、八千穂ちゃんやる気満々だねぇ」
「え? 緋勇クンはこういう時に、ワクワクする~ッとか思わないの?」
幼い子供のように目をきらめかせる八千穂。なるほど。彼女のように感知能力が一般的な人間にとってこの場所は、冒険心をくすぐらせる恰好のポイントなのだろう。
――だが。
残念ながら龍麻の――特にこのテの悪意や敵意に対する――感知能力は人並みを外れてゲージを吹っ切るほど。もはや人外と言っても過言ではないシロモノと成り果てていた。
「んー、ワクワクって言うより……なんか気が重いとゆーか何とゆーか」
元々、乗り気ではなかった上に入り口が墓地では気が滅入るのは当然だろう。おまけに幸か不幸か、微かではあるが穴の中から《陰気》と《何か》の気配が流れてきているのも感じとれてしまった。
(…これって確実に何か封印されてるって感じだよなぁ…)
さすがに封印されているモノが何であるかまでは判らなかったが、封印されてなお外部に《陰気》が漏れだす程なのだからロクなものでないのは確かだろう。この事が判っていてなおハメたのならロゼッタ協会とはそうそう侮れない。任務先が新宿だったという事にしても何か策略的だ。どう考えても「一仕事終わったらすぐにでも自宅へ帰ってゆっくり休んでね」というメッセージが含まれているとしか思えない。
(……やっぱり、これは髭が一枚噛んでいると見て良いのか?)
《新宿・巨大な力・なにかの封印・明らかにおかしな学校》ここまで条件が揃っていてあの髭が無関係なんて事があるだろうか? いや、関係あるに違いない。脳裏には7年前に一般人だった自分をコチラ側に引き込んだ自称《実父の親友》を名乗るソバージュ髭なダンディが口端をニヤリと引き上げる姿がありありと浮かぶ。
その姿にはリアリティがありすぎた。
……ので龍麻はこの一件が片付いたら某所に殴りこみをかける決意をしたのだった。
「――おい、緋勇。いい加減、現実に戻ってこい」
「うぇ? あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「あーッ、わかった! 今から探索のコト考えてたんでしょー? さっすがプロの《宝探し屋》だね!」
「あー…、あははははっ、そ、そうっ!そーなんだよっ」
やっぱりプロたる者、事前の気構えなんかをーと、それらしい事を言ってごまかす。今更、子供のように目を輝かせている八千穂に僕は素人なんでーすっと告げられる勇気はさすがに……ない。告白して気まずいまま遺跡を探索するよりは、このまま行ける所まで行ってしまった方がまだ楽だ。本業の《宝探し屋》でないと告白したところで遺跡探索が中止になるわけではないのだし。
「…その割にゃ顔が引きつってるようだが?」
「き、気のせいだよっ。さっ、中に入ろーッ」
「うんッ」
「…ったく。現金なやつらだ」
そして龍麻は遺跡へ第一歩を踏み出した。
* *
穴の深層には、いつ造られたとも知れない石造りの巨大な遺跡が存在していた。龍麻たちが降り立ったのは大広間のような場所で、目測だが天井までの高さはゆうに10メートル以上。高さだけでなくそこそこ広さがあり、軽く一般的な一軒家がまるまる収まりそうなほど。
隅々まで歩いてまわった結果、扉の数は魂の井戸と呼ばれる施設へと続く扉もあわせて13。遺跡の奥へ続いていそうな扉は一つだけ。他の扉には鍵だけでなく呪術的――龍麻の見立てでは――な封印まで掛かっており進めそうも無かった。
……まぁ龍麻の《力》が万全なら話は変わっていたのだろうが、無いものねだりをしてもしょうがない。
唯一鍵の掛かっていなかった扉を進むと、遺跡を守るためか所々に仕掛けや罠、化け物――ロゼッタ協会は化人と呼んでいるらしい――などが配置された小部屋や大広間がいくつも存在していた。
そして――遺跡の中での龍麻の戦い振りは、そりゃもうチキンだった。
ヒット・アンド・アウェイ。
銃を主体に戦っているためある程度は仕方が無いとはいえ、出会い頭に間合いの外から一斉射撃。傍から見ていると敵の方がかわいそうになるくらい容赦が無かった。もちろん龍麻は無傷。
「……お前なぁ……」
あまりのチキンっぷりに皆守が呆れた声を出す。
「しょーがないじゃないかっ、これ一撃でも受けたら絶対に病院行きにきまってるんだからさ!」
「うーん。病院に行くだけで済むのかなァ?」
「ぐはっ、や、八千穂ちゃん。縁起の悪い事言わないでってば……」
場所は物々しい扉の前。他の扉とは比べ物にならないくらい重厚で細かな細工が施されている。鍵となっていた仕掛けは既に解除され、後は扉を開くだけ。ただ、扉の向こうから今まで対峙した化人たちより一回り強い《力》を感じて龍麻は二の足を踏んでいた。
「……それにしても、ずいぶんと重々しい扉だな」
「ゲームとかだったら奥にボスとか居そーだよねぇ」
行きたくないなぁ……。と思わず本音を漏らしてしまった龍麻に八千穂の叱咤が飛ぶ。
「もうっ! あたしたちがココに来たのは取手クンの記憶の鍵を探すためでしょッ!?」
そして彼らは扉をくぐった。
* *
扉の先で待っていたのは、顔を覆うマスクとやたらチンピラっぽい服を纏った取手だった。街中で遭遇したらまず間違いなく警察に110番したくなる服装で説明できるというシロモノ。だというのに誰のツッコミも入らなかった。……皆守だけは若干引いていたが。ちなみに彼が言うには、彼は遺跡へと侵入するものを罰する《執行委員》とのこと。そんな訳で説明が終わると無断で遺跡に侵入した龍麻たちに、手のひらから生気を吸い取るという異能の《力》をもって襲い掛かってきた。
通常ならば取手など龍麻の敵ではなかったのだが、現在龍麻は呪いのため全盛期――本来は現在も全盛期ではあるが――ほどの《力》が行使できない。つまり攻撃の手段が限られているのだ。……ただ、それは単に彼の習得している技でいうならば多大な《氣》を使用する奥義や秘拳と呼ばれるものが使えないというだけの事。多大な《氣》を使わない技や少量の《氣》で行える肉体の強化、そしてこれまでの戦いで培ってきた感知や状況把握能力には何の影響も無い。だからこそ、早々に取手へもっとも効率良くダメージを与えることができるポイントに気づいた。
(……耳の辺りのガードが薄い……?)
徹底的に弱点を突き早期決戦に持ち込むべきだと判断する。
ただでさえ小柄でスタミナや体力が無いのだ。長期戦になってしまえば、こちらの体力を吸収できる取手の方が有利に決まっている。都合の良い事にあちらは何らかの《加護》を受けているようで、道すがら倒してきた化人よりも頑丈そうだ。銃で滅多撃ちにしても問題無さそうなほどに。
奥の手――徒手空拳《陽》を始めとした《氣》を用いる技――は温存しておくべきかも……。
そう判断を下した龍麻は思った。ひと段落したら銃の特訓しないとなぁ……と。
* *
おどろおどろしい断末魔の叫びを上げつつ消えていく化人。
「ん?」
上からハラリと白い何かが落ちてくるのを見つけ、龍麻はそれをキャッチする。
「………これは……?」
――思考が結論を導き出そうとした瞬間。
「……うぅっ」
化人の居た辺りからうめき声があがった。どんな原理なのかは判らないがそこに倒れていたのは取手。その恰好は先程までの形容しがたい奇妙な恰好ではなく、夕方に見かけた制服姿。
……あの思いっきりイっちゃってた衣装はドコに? というかコレどういう仕掛?
この場の誰もが浮かべた疑問だったが口に出す前に、うめき声に遮られその疑問が空気を伝うことはなかった。
「あっ、取手クンッ。大丈夫ッ!?」
意識を取り戻したらしい取手のもとに駆け寄る八千穂。
「……僕は………どうしたんだ……」
「ねぇ、取手君。コレもしかして君のだったりする?」
やや茫然自失としていた取手に龍麻が差し出したのは、さきほど化人を倒した後に見つけた楽譜。取手の物だという確証は無かったが、転校初日に音楽室にたたずむ取手の姿を見かけていたので少しは関係あるのではないかとも考えたのだ。
その直感は当たっていたらしく、取手の顔がみるみるうちに驚愕に染まっていく。
「――ッ。これは……姉さんのっ」
「大事なモノ?」
「う、うん。でもいつの間にか無くなってたんだ。いいや、僕はこれが無くなった事にすら気付いてなかった……」
大切にしていた物だというのにそれの存在どころか失くした事にさえ気付かなかったことに取手の顔が蒼白になる。
「取手クンっ、元気出してって!」
「けど……」
「気にすること無いんじゃないかなぁ? これって普通じゃあんまし抗え無さそうな上に、タチ悪そうなのが絡んでるっぽいし」
「……二人とも…………ありがとう」
そうして、ひとまず一つの事件は解決したのだった。…………とりあえずは。
* *
何故か取手からプリクラを貰って今後の協力を約束した後、龍麻は敷地内に漂う《陰氣》がわずかに増えた事に気付いてしまった。それが意味するのは――
(……まさか。番人にあたる人間を開放すると封印が弱まる……のか…?)
もしこの推測が当たっているのなら龍麻は引き金を引いてしまったことになる。
「……あちゃー。これじゃ後味が悪すぎて逃げ出したりできないし」
そもそも逃げ込み先の自宅が同じ区内――目と鼻の先なのだ。この場所を知ってしまった以上、変化があれば嫌でも察知してしまうだろうし、察知するたびに後味の悪さを再認するに決まっている。はっきり言って精神衛生上よろしくない。おまけに天香の異変が自分のテリトリーに影響を及ぼさないという確証もまた――無い。
そしてこれが一番の理由なのだが、やっかいな事に龍麻は出会って間もないクラスメートたちの事を気に入りはじめていた。高校という場所柄のせいか、それとも個性的な面々が多いからなのか。どうしても6年前のことを思い出してしまい、心のどこかでもう少しこの懐かしさにひたっていたいという思いも少なからずあったのだ。
こうなれば龍麻がとるべき道はただ一つ。
「……こうなったら最後まで付き合うしかないんだろーなぁ」
自らが引き金を引いてしまった事象を最後まで見届けること――